2014/10/06

釣り雑誌「Walton」第4号にてアユの毛バリ釣りにかんする拙稿が掲載されました

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「琵琶湖と西日本の静かな釣り」というコンセプトで発刊された「Walton」第4号ができあがり、
今週末、編集発行人の北原氏から手渡され、巻頭に掲載された私の原稿と対面しました。

最近は釣り糸を垂れるということをあまりしてませんが、
十代前半のころ熱中した「アユの毛バリ釣り」等の話題を書かせてもらっています。
自己所有!毛バリのストックもカラーで紹介されています。

私の原稿以外にも、淀川水系の釣り(宇治川の寒バエ釣り、淀川のハゼ釣り)や淡路島での釣りの話題等。
さらには編集発行人が元来バス釣り好きということもあって、バスフィッシングの話題もあります。

この最新号では関西のノスタルジックな釣りをとおして、
昭和時代の生活文化に触れることもできます。

大手書店や釣り具等で見かけられましたら、ぜひ手にとってご覧ください。

http://www.waltonsha.com/

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2014/09/19

年齢を重ねるごとに辛くなる?:『「若作りうつ」社会』(熊代亨著/講談社新書)

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ただでも世界中で心身ともども若く見られがちな日本の老若男女が、
なにげに陥っている「外見も心も若くいたい症候群」。

そんなことを思っていた矢先、
1975年生まれの若き!精神科医による
『「若作りうつ」社会』(熊代亨著/講談社新書)なる本を発見し読了。

戦前・戦中生まれで世間を長らく鳥瞰した大御所ではなく、
団塊Jr世代でありながらも石川県の漁村出身という精神科医の著作であったことが、
読み進めるうえで新鮮でした。

21世紀に入ってからというものの若手論客の多くは、
ニュータウンで育ち、しかもサラリーマン家庭出身だったりすることが多く、
議論を聞いたり読んだりしても「今ここ感」が強い。
また往々にして「己(おのれ)をとりまくコミュニケーションの強度」が
処世を語る上での価値基準だったりする。

SNSやブログ、ツイッターでの友達の数や記事へのコメントの数こそ
そういった価値基準のバロメーターと言っても過言ではない。

昨今、誰もが否定できないようなトレンドに真っ向から反旗をひるがえす著者。
もはや年長者が尊敬されず、
何歳になっても「かわいい」という言葉から離れることができないような「若さ至上主義」を批判しつつも、
結論として「年の取り方がわからないなら上下の世代と学び合おう」と主張しています。

今どき珍しいというか、
まさか日本の高度成長が終焉をむかえた1975年生まれの精神科医から、
村落共同体的な人間関係を賛美する発言を読むなんて思ってもみませんでした。

そういえば、心理学者でもある小沢健二の母上の本で
「社会保障を手厚くすればする程、世代間の紐帯を損ないかねない」
といった一文を読んだことがありますけど、
考え方のスタンスは同じですね。

じつのところ、
この著者のイイタイコトが通じるのは、
年長者しかも戦前・戦中生まれであるか、
農村部や旧市街地で育った人あたりかもしれないが、そう多くはないかと思う。

というのも、もはや、こうした本を読むタイプの戦後生まれの人は、
住む場所の都会・田舎に関係なく、SNSをはじめとするインターネットの世界にドップリはまっているパターンが大半。
趣味つながりでのコミュニケーションにいたっては年齢の上下関係なんてスルーするからこそ、
むしろ年長者が相手にしてもらっていることも多い。

とまれ、もはや年長者ですら年著者としてのふるまいがうまくできないでいる現状を指摘している点は注目すべきだろう。

かくいう自分自身、年齢が増すごとに若く見られることが多くなった。
時にはありがたく、時には考えさせられることも。
じつのところ「年齢相応に生きてますねえ」と言われるほうが、
人間として成長を認められた証なのになあと思うことしばし。

最後に、先日、某ブ○ク○フで滅多に足を運ばないマンガのコーナーを見てみたら……

昼の2時過ぎにもかかわらず、
不登校っぽい中高校生に混じって、
マンガの壁に向かって立ち読みにふけっている、
20代、30代そして40代と見紛う営業マンの姿が。

マンガそのものを読むことについては一切否定しないけど、
この本で嘆いている現実をかいま見た瞬間でもあった。

2013/08/01

『TPP 黒い条約』(集英社新書・中野剛志編):開国というよりは、日本からアメリカへの新たなる参勤交代のはじまり?!

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『TPP 黒い条約』(集英社新書・中野剛志編)

TPPについて危惧する人々は、その本質をTPPについて知らない人に伝えようと賢明にメッセージを発しようとするあまり、うざったるがられたりしていないでしょうか(苦笑)? 

TPP関連の議論は至るところにあるので、勝手ながら私の思うところを。やれ「平成の開国」だとか「第三の開国」などと位置づけ、まるでアメリカと対峙しているように表現されることが多いけど、じつのところ、関ヶ原の戦いが終わった後の徳川幕府(アメリカ)と外様大名(日本)みたいな関係の強化もしくは総仕上げが、TPPってことでしょうか。

鳩山元首相の頃に廃止になった日米の「年次改革要望書」も、そのじつ、日本からアメリカへの参勤交代みたいなもので、アメリカからの要望は受け入れても、日本からの要望はスルー。その参勤交代での献上品は、いよいよ「日本の主権」だったり「医療分野の改革(改悪)」だったりする。

こうやって書くと、いかにもアメリカは謀略ばかり立てる悪者みたいに感じるかもしれないけど、そのじつ、アメリカ大使館のウェブサイトを見ると、政策関連のメニュー一覧には、日本にたいする「要求!」の書類が、堂々と日本語に訳され公開されています。しかも相手が誰だろうとブレない。で、それを読むと、むしろ何をいってるのかわからなくなるのが日本側の対応。アメリカ側にも日本側にも「憂慮」(爆)するあまりか、世間に流布する翻訳は「意訳」どころか「偽訳」とも思えるものも多く、これでは、ますます日本古来の「言霊信仰」(特に私が信じているわけではありませんが)も薄れるわけであります。

話を『TPP 黒い条約』に戻しまして、TPP以前にも以上のような流れが昨今の日米関係にあることを明快に書かれている関岡英之氏の「第二章 米国主導の「日本改造計画」四半世紀」を最初に読んでから、「第一章:世界の構造変化とアメリカの新たな戦略―TPPの背後にあるもの―」(中野剛志氏)と読み進めても、この本は興味深いかなというのが読了後の雑感。

最後に余談ですが、アメリカとEUとの間でも行なわれているTPPのような交渉が大もめにもめて、特にフランスが「自国文化の保守」を理由としているようですが、国際条約(TPP)が日本の法律よりも上にくるということは、文化の変容も余儀なくされる可能性大ということ。そういえばEUは会合等で各国に通訳がついて議論されるようですが、TPPでは日本語も非関税障壁なのでしょうね、すべて英語です。

これは全くの戯言として読み流していただきたいのですが、第二次世界大戦後、文豪・志賀直哉が、文法が整理され美しいフランス語を公用語にという「日本語廃止論」を唱えたこともあった。それ以前にも英語公用化論は議論されていたりするわけですが、フランス語に目をつけた志賀直哉は、フランス語に「憧れの文化」までをも見たのかもしれない。まあ、到底、日本国内では受け入れられない志賀直哉の「日本語廃止論」ではありましたが。



2013/07/16

程よく脱力できた一冊:『親鸞』(石井ゆかり=著/井上博道 =写真)

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最近、読み終えた本のなかから一冊。

『親鸞』(石井ゆかり=著/井上博道 =写真)

著者は西洋占星術の記事を書いてらっしゃるようですが、
次のような一文で「ホンネ」を吐露されるところから、むしろ読む側の心が引きつけられます。

<人間には本来、「未来」や「結果」は、わかりようがない>

この本で語られる浄土真宗の開祖・親鸞については後ほど触れるとしまして、
「未来」や「結果」というキーワードで日本の仏教における開祖をイメージすると、
空海や日蓮の名がふと浮かんできました。

「金剛杖を突いたら泉が湧き出た」という治水伝説をはじめ数多くの超能力的な伝説が存在する空海。
「律宗の良観との雨乞いに勝つ」といった伝説のみならず、「我れ日本の柱とならん」という誓いを立てた日蓮。

今、日本の政治家に「こんな人がいたらなあ」と思っている人は跡を絶たないと思われますが(笑)、
占いにすがりつつ「悩む」人々の多くは、
空海や日蓮とまではいかなくても、
無意識に超人的な透視能力を持った人を求めていることでしょう。

なのに、<人間には本来、「未来」や「結果」は、わかりようがない>とホンネを吐露した
西洋占星術の記事を書く著者が選んだのは、親鸞です。

「ただひたすらに自己のはからいを捨てて阿弥陀如来の本願力を信じれば救われる」

と、とかく占いでは重用視される「この世での損得」とは一番縁遠いというか、
寺や神社に行って「○○ができますように」と人間の側の煩悩から仏や神への願い事をするご利益信仰とは正反対の教えです。

かの有名な『歎異抄』においても、
念仏の真意を訊ねてきた同朋に対し、

「自分は、ただ南無阿弥陀仏と念仏することだけを信じてきた。秘密の教えや経文なんてわからないし、もし知りたければ南都北嶺(奈良や比叡山)へ行って学僧に訊ねればよい。私は法然上人から教えていただいた念仏で、仮にだまされて地獄に堕ちても後悔しない」

と、まるで突き放すかのように諭しています。

なんだか……

「自分(自分達)だけが良い思いをしようと思うなよ」

と諭されている気分になるのは私だけでしょうか?

自己責任、新自由主義……etc、
今なお日本で広がりつつある政治的な空気感(これは政治的な与野党関係なく)もまた、
行き着く先は「バトル・ロワイアル」的なトーナメント戦社会かもしれません。
そう感じるからこそ、
占いに限らず「未来」や「結果」に答えを出してくれそうなマニュアルにすがりつくのが現代人の性。

なので「不思議=人間の理解や認識を超えている」としかいいようのない「念仏」の教えは、
親鸞や法然が生きた平安末期~鎌倉時代とは違った苦難の時代だからこそ、
信仰する/しないはさておき、触れてみる価値があると思わせてくれた一冊でした。

また、この本は写真によっても「自己のはからいを捨て」る気分にさせてくれます。
写真家(※)の思いをブックデザイナーが十分汲み取っているというか……
とてもおおらかなレイアウトとトリミングで世界に開放感があります。

読んで、見て、考えさせられて、程よく脱力できる。そんな読了感でありました。


(※)残念なことに、写真を撮られた井上博道氏は、
   この本が刊行された昨年12月、撮影中に転落し死去されました。


2013/06/27

脱力は「ご縁」をひろげる力:『ネンドノカンド 脱力デザイン論』佐藤ナオキ著・2012年

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「ネンドノカンド 脱力デザイン論」佐藤ナオキ著・2012年

昨日、気軽に「脱力」して読了した一冊。

情報誌に連載されたテキストを集めたもので、一見するとライトエッセイ風の展開。
でも「仕事としてのデザイン(企画)とは何か?」という点での持論は読んでいて実にスキがない。

「アーティスト」的な思わせぶりを出さず「デザイナー」としてのスタンスがしっかりしているから、
多くのクライアントから引く手あまたであることも納得。

たとえば……

自己のフィルターに引っかかるわすかな差異がそのままデザインの素になる、と。

その微細なものを丁寧に集めることでデザインが形作られていくことから、

著者にとっては「フィルター掃除=デザイン」にあるという。

しかもフィルターを定期的に掃除することで別のアイデアが引っかかりやすくなることから、

では、何をすればフィルターに引っかかりやすくなるかと言えば……

「脱力」することが一番。

とおっしゃるわけです。

そして「脱力」して「当たり前のこと」を遮断してしまわないようにすることで、
いいアイデアが生まれる。

つまりは「脱力」することで「既成概念」がなくなり脳が「素っ裸」になって、
自己のフィルターに多くの新しい発見が引っかかってくる、と。

では、どんな人が佐藤氏がいうところの「脱力」に向いているかというと、
「当たり前のこと」が素直に受け止められる「フツーの人」。

いっぽうで、どんな人が「脱力」に向いてないかというと、
「アーティスティックな人」や「個性的な人」。

言い方を変えれば、さまざまな「縁」に恵まれながらも、
ものづくりを介して人とモノ、人と人、モノとモノ、そして世界との「縁」を育むのがデザイナーといったところでしょうか。

そして極論的にいえば「己のはからいを捨てる」ことこそが、「脱力」と言えるのではないでしょうか?!


この本、あまりデザインやデザイナーに興味がない人でも、
身の回りにあるモノがどのような「フィルター」を介して生まれてくるのかを知るうえで、
気軽だけど、しっかりと知る事ができる一冊でありました。

2013/06/22

「雨の名前」:雨の姿も一期一会。

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「空梅雨」と思われていた2013年ですが、一年で一番日照時間が長いはずの「夏至」では青空すら見えず、突然、台風まで上陸か?と思わせるような激しい雨に覆われました。

四季を通してさまざまな表情の雨が降る、ここ日本。六月といえば雨が多い季節ですが、砂漠のある国へ行けば、おおよそ日本語ではありえない「砂」にまつわる表現があることでしょう。なんて余談はさておき、この季節に降る「雨の名前」をふと知りたくなり、手に取ったのが……

「雨の名前」

という一冊の本。

そもそも「つゆ」に「梅雨」という漢字が当てられているのは、梅の実が黄色く熟すことに由来するそうで、梅雨そのものにも、さまざまな表情があります。例えば……

「青梅雨」……初夏に瑞々しく輝く青葉をシットリと色濃く魅せる雨。

この季節なら一日おきでもいいぐらいの風情かな。

梅雨の後期(6月下旬〜7月初旬)になると、やはり災害をもたらす集中豪雨が多く……「暴れ梅雨」「荒梅雨」と表現します。

そして梅雨の表情にも、性別があるようで……

「男梅雨」……激しく降ってはサッと止むメリハリのきいた梅雨。
「女梅雨」……シトシト降り続く梅雨。

なんて言われても、それは一昔前なら通じた表現かもしれません。

さてさて、傘をもっていないときに困るのが「にわか雨」ですが、この本をパラパラめくっていたら、なんとも光景が目に浮かぶ風流な雨の名前に出逢いました。

「肘笠雨」(ひじがさあめ)

傘の準備がないところへ急に雨が降りだし、袖(腕)を傘(笠)の代わりにすること、だそうです。とまれ、最近は、そんなことをかまわずにズブ濡れのまま歩いている人を多く見かけるのは私だけでしょうか?


2013/05/21

「反・幸福」=「吾唯知足」(われ、ただ足るを知る):『反・幸福論』(佐伯啓思=著)

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こういうタイトルにはピンとくるという一冊『反・幸福論』(佐伯啓思=著)
どうも自分自身は「ポジティブシンキング」だとか、
一方的な方向ばかり見るのが苦手ということもありますが。苦笑。
いや、たいして世間的な「幸福」には恵まれていないだけか?!

そんな個人的な余談はさておき……

世間の景気は「悪い」よりは「良い」に越したことはないけど、
一歩間違うと、
倒産前の会社が社員への不安を一掃するとき、
まるで組織改編するかのごとく新提案だの会議だのを上層部が打ち出すがごとく、
一本目、二本目、そして三本目の矢を放とうとする「アベノミクス」。

再び新自由主義路線盛りだくさんな提案がなされ、
小泉純一郎政権のときよりも、
確実に「痛み」を伴う人が増える可能性大です。

なのに見せたくない部分にはフタをしようとしてると思わずにいられない部分もままありますが、
かくいう自分を含めた国民自身も「本当のところ」は見たくないという「肝心なことは先送り」的思考こそ……

そのじつ「なんとなく幸福でありたい」という強迫観念ではないでしょうか。

ちょっと極論じみてるかもしれませんが、
自分達の置かれた状況を見据える前に、
「第三の開国!」などと言って、
良い方向だろうが悪い方向だろうが、
外圧(ガイアツ)によって尻を叩いてもらわないと現状を打破できないというのも困ったもの。

だけど、
かつてのような「年功序列」や「終身雇用」も崩れつつあり、
努力して勤勉に勉強し働けば必ず報われるとはいえなくなった昨今。
一昔前から……
高収入・高地位かつ最難関試験の突破者と言えば法曹関係の方々ですが、
今や弁護士の約2割が年収100万円以下(ちなみに経費を差し引いた所得)と聞いて驚きを禁じ得ませんでした。

日本という国だけでなく私たち一人ひとりも、
その立ち位置を決めるタイムリミットを迎えていることだけは間違いないようです。

で、「反・幸福」ということですが……
これは「不幸」を意味することではなく、
「幸福」という漠然とした、極めて不確実な人間製の概念に振り回されず、
ギブアップという意味ではない「諦め」(道理をしっかりと見据える)を大切にして、
自分の足だけで立ってるのではなく、
長きにわたって育まれた自然や文化や環境のなかで生かされ、
そして周囲の人々の「おかげさま」もあって生活している。
そんな気持ちを大切にしたい。

なんて偉そうなことを言ってみたりもしましたが、
今、何でもいたずらに「変革」を求めることに「?マーク」が点灯している人であれば、
この本のイイタイコトには共感できることでしょう。

余談ですが「デフレ脱却!」と声高に叫ばれていますが……
あれだけ浮かれて高級ブランドを分割払いで買うのがあたりだったバブルの後期には、
すでにダイエーで39円の「セービング・コーラ」が売られていたり、
多くの小売店も営業時間をどんどん伸ばしサービス残業も今よりも多かったと思う。
工場内では今や世界でも通用する「カイゼン」(改善)あって生産性が上がり、
品質や価格的に世界で競争力のある商品が多々誕生したものの、
「高すぎる生産性」というのも、ある意味、デフレの要因の一つでもあるわけです。
何でもたくさん「欲しい!」と思うその裏側で、
泣いてる人、苦しんでいる人がたくさんいうという想像力はもっていたいところです。

2013/05/20

独自視点の旅は色褪せない:『異郷の景色 』西江雅之著

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何気なく古本屋で見つけて買った『異郷の景色 』(西江雅之著)。

著者は若干23歳ながら独学でスワヒリ語の文法を日本初のスワヒリ語の文法書をまとめたり、
早稲田大学で文化人類学の教鞭を執った人ですが……

1979年初版なのに過去の旅紀行を読まされている感じがしなくて、
とても楽しく読ませてもらった一冊です。

文体も約物(記号類)が極めてシンプル。
句読点以外は会話の部分もカギカッコではなく2倍ダーシ「――」が主に使われていて、
読んでいて引っかかりが少ない。

またリズム感を感じる読みやすい文体なのに、
小説家やルポライターとは違った「客体との距離感」が、
むしろ描かれた光景を脳裏で想起させてくれる。

日本だと新宿・吉祥寺・神保町・豊島園。海外は台北・オアフ・ティフアナ(メキシコ)・ロスアンゼルス・サンフランシスコ・ナイロビ...etcといった街をめぐる旅物語が綴られています。

唯一、時代を感じさせるのは海外渡航前の予防接種の証明書の話題が登場するぐらいでしょうか?
歴史的というか通時的な語り口ではないですし、
2013年でも、こんな光景ってあるなあと思う記述も多く、
なんだか同時代的なものを感じるだけでなく、どこか醒めた視点がむしろ一気に読み終えさせてくれました。

たとえば、昆虫や動物を売っている店での一コマ……

――ほら、ぼうや、絵で見たでしょ、カブトムシですよ。 と話しかけている。なるほど、そのカブトムシも、その母親も、その子供も、みんなすべて本や雑誌のなかでみた絵とそっくりだ。

といった行(くだり)。<138ページ>


ちなみに、私が手に取ったのは晶文社刊ですが、
西江雅之作品集(大巧社刊)にも収録されているようです。

学者さんが書いた書籍ですが、
「アーバンツーリズム」のエトセトラを知ることができる一冊としてもオススメです。

※アーバンツーリスムについて
http://kotobank.jp/word/アーバンツーリズム

2013/05/16

『コレキヨの恋文』:日本の未来は描かれたように展開するのか?

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昨年、出版された本ですが『コレキヨの恋文』を読了。

著者は三橋貴明、執筆協力はさかき漣となっていますが、
このコンビの他の書籍と三橋貴明単独の書籍を見れば、
この本も「三橋貴明=原案」「さかき漣=執筆」と思っておいてよいだろう。
だからといって三橋貴明がゴーストライターに書かせているというわけでなく、
本書で「イイタイコト」は三橋貴明が日頃展開している議論そのもの。

ちなみに、三橋貴明自身は、以前に自民党から参議院選挙の比例区で立候補したこともあり、
本書内では民主党や社民党の議員が、まるでヒール役のような描かれぶり。
そんな党利党略的な部分が見え見えな作品なれど、
登場人物で予言していたかのような描かれ方をしているのが……

元首相で財務大臣の「朝生一郎」。

現政権で言えば、副総理 財務大臣 金融担当大臣でもある麻生太郎そのもの。

この本が出版された当時は、まだ民主党政権だったことを思うと、
今、アベノミクスと称されている戦略を含め、
政権が交代したときのブループリント(青写真)は、
国会議員以上に、彼ら・かの女らの周囲を囲むブレーンによってアイデアが吹き込まれている部分も多分にあるということの証左でしょう。

余談はさておき、この小説で民主党から政権を奪還し総理大臣に就任するのは、
政治の世界は無知ともいえる30代の弁護士資格をもつ霧島さくら子。
現自民党政権も重要な政策課題としている「デフレ脱却」が本書でも一大テーマとなっており、
その指南役が、総理大臣官邸の庭で幻想的に(ここが小説の真骨頂!)に現れる高橋是清。
日銀総裁、内閣総理大臣といった要職のみならず財務大臣に6回も就いていたことは、
私も「コレキヨの恋文」で恥ずかしながら初めて知った。

今日のアベノミクスといわれるものも、そのじつ、第一の矢や第二の矢は、
世界恐慌や昭和恐慌と呼ばれた時代の教訓(高橋是清の政策)を継承するといったもの。
とまれ、その詳細は、興味を持って読む方がおられれば「コレキヨの恋文」で確認してください。

一国の将来を託された内閣総理大臣たるものの評価は、
この本でも高橋是清に「能力や才能よりも施した政策の結果」と言わせているが、
要するに、就任する人にもよるといえども、
内閣総理大臣の判断は周囲の知恵袋次第で如何様にもなるとも解釈できはしまいか。

かつて、政治の世界は「魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈している」などといった表現がよく使われていた。
人に害を与える化け物が政治の世界にはウヨウヨしているという意味だけど、
害を与えるかどうかはさておき、例えば、産業競争力会議と称される場で、
国政選挙で選ばれたわけでもない民間議員とも呼ばれる有識者委員が、
国会議員なみに主義主張を唱えていたりする。
この方々が、どこまで「私利私欲」を離れて会議に臨んでいるかについては疑問符が付く。
そして人選にかんしては、
「人選産業競争力の強化及び国際展開戦略に関し優れた識見を有する者のうちから内閣総理大臣が指名する」ことになっている。

ちなみに、昨今話題になっているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)には諸手を振って賛成する「自民党の知恵袋の一派」とも言える。

そのいっぽうで、もともと自民党は、
2012年末の衆議院選挙のポスターでも「TPP反対!」と堂々と掲げていた。
現状は定かではないが、200名以上の自民党議員が「TPP交渉参加反対」派とも言われていた。
その周囲には、産業競争力会議に選ばれたメンバーとは意見の多くが相容れない「自民党の知恵袋」がいて、
そのなかの一人が『コレキヨの恋文』の著者であると言って過言ではないでしょう。

この本は、今後数年間の理想的政局を政権交代前に小説として著したともとれる内容です。
現時点では方針が明確といえない「第三の矢=成長戦略」が今後どう進んでいくのか? 
TPP参加に反対する立場からの理想がフィクションとして展開されている「コレキヨの恋文」だけど…

ここにフィクションとして描かれているような……

「日本のTPP参加交渉離脱以降、TPPは自然消滅に向かい、元通りの4カ国に戻る」
「アメリカもニュージーランドやオーストラリアからの農産品の輸入拡大を受け入れるのは困難であることから離脱濃厚」
「日本が経済成長路線へ復帰した結果、防衛費が増額され、それに基づきアメリカからの軍需産業の輸入拡大によってアメリカの雇用状況も改善」

といったことが、現実の世界ではどういう結果となるのか?

とまれ、小説としての『コレキヨの恋文』はファンタジック(和製英語!)な政治経済小説。
特に終章「是清からの恋文」は、
霧島さくら子のみならず現代の人々に向けてのメッセージともとれる文章となっており、
一種の涙を誘うような筆致です。
詳しく書いてしまうと読む楽しみがなくなるので興味のある方が本書で読まれることを望みます。

追伸:
アメリカ国内でもTPPに懐疑的な層が増えているそうです。
詳細は以下のYou Tube動画で。
前半は孫崎享氏、後半は山田正彦氏。
山田正彦氏の講演のほうで最近の訪米後の事情を話されています。

http://www.youtube.com/watch?v=qHlmCn1I1Bc


2013/01/22

わが北新地 :: 里中満智子・近松門左衛門・アーバンツーリズム

大阪の歴史と文化を感じるアーバンツーリズムを語るうえで絶対に外せない北新地。特に本通りを歩いてみると,「文化銘板」と名付けられた北新地の文化遺産を,図版と説明文(日本語/英語)を錆びないチタンパネルで表現し,遊歩道に設置されています。

たとえば……

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北新地を舞台にした心中物・恋物語といえば,多くの人が近松門左衛門の『曽根崎心中』を思い浮かべるかと思いますが,同じ近松の『心中天網島』も,北新地にあった紀伊国屋の遊女・小春と天満の紙問屋・治兵衛の心中を扱った代表作の一つです。

上記の文化銘板では,この『心中天網島』の大事なシーンを大阪出身の漫画家・里中満智子さんが描いています。錆びないチタンパネルではありますが,残念ながら雨風や夜の街が苦手?な太陽光にもさらされているためか,現物はやや見辛いので,北新地社交料飲協会のウェブサイトでご確認ください。

http://www.kita-shinchi.org/new/bunkameiban16.html

ちなみに現代の北新地は,妖艶なホステスさんが接客するナイトクラブや高級料理店のみならず,リーズナブルな居酒屋もあったりして,けっこう会社帰りの会社員やOLさんの姿も見かけます。

また,夜の蝶とも呼ばれるホステスさんには,甘い蜜が漂いそうな美しい花が似合います。

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田園地区に咲く素朴な花には素朴な花の美しさがあれば,歓楽街(花街)を彩る花には刹那の美しさを感じてしまいます。それにしても歓楽街の花屋で出番を待つ花って,どうして華々しいのに,どこか儚さを感じてしまうのでしょうか? 

さて,花より団子でもないですが有名な堂島ロールじゃなくて……

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北新地ロールなるものを発見しました!
まんなかの生クリームの部分には赤いストロベリージャムでしょうか?
ハートを形どってあって,いかにも新地らしいアイデアだと感心し,ついついパブロフの犬と化してしまったのでありました。

とまれ,やはり,北新地の歴史を語る上で一番大切ともいえる物語とは……

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曽根崎心中であります。もちろん文化銘板でも紹介されていますが,写真ではやや説明等わかりづらいので……

http://www.kita-shinchi.org/new/bunkameiban14.html

北新地社交料飲協会のウェブサイトでご確認ください。

それにしても,この文化銘板,英語でも説明文がありますので,日本の文化に興味がある海外からの観光客や日本に在住する方が来られても,ある意味,真の「大阪流アーバンツーリズム」が楽しめるはずです。

そして大阪を何気なく訪れた方にとっても,近代的なビルの狭間から,この街で生きてきた人々の人間模様を感じとれるかもしれません。そんな「人間臭さ」が魅力的でもある北新地でした。

(余談)
アメリカのクリントン元大統領が北新地をお気に入りとの話を,何かのテレビ番組で見たことがあります。

より以前の記事一覧