2013/07/22

お初と徳兵衛の墓(墓碑)を訪ねて :: #曽根崎心中

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なかばライフワークと化している「曽根崎心中」。お初と徳兵衛の墓(墓碑)を訪ね歩いた記録をウェブページにしたためました。よかったらご覧ください。

http://doublesuicide.jp/yao.html

そういえば、去年の今頃、橋下徹大阪市長が文楽それも曽根崎心中をこきおろしていた。
そのいっぽうで「ストリップは芸術」だとも発言した。

そして、ついに沖縄の米軍に日本の風俗を利用してくれなんて発言が波紋を呼んでしまった。

遊女と恋仲になる男と女の恋物語的な風情を持ち合わせていない文化の人に語ってはいけない話題であった。


2013/06/10

路地裏の近松門左衛門:西成区太子「松乃木大明神」にて。

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飛田新地や釜ヶ崎から程近い路地裏にある「近松門左衛門の碑」と「猫塚」。

猫塚は三味線と大いに関係があり、三味線は芸妓や遊女と関係があり、芸妓や遊女をの世界を描いた近松門左衛門の碑ということで……自分自身のライフワークの一つでもある「曽根崎心中」にからめて「近松門左衛門の碑」と「猫塚」を訪ねるため松乃木大明神へと足を運びました。

http://doublesuicide.jp/

↑私が主宰しているサイトで詳細を掲載してます。ご興味のある方はご覧ください。

Neko

2013/04/25

曽根崎心中の道行を私なりに現代語訳してみました :: 「初音ミク+鏡音リンの百合ジナル曲4 曾根崎心中」にも敬意を込めて

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私自身が密かなライフワークとしている曽根崎心中。

クライマックスの部分として多くの人に知られる「心中の道行」を,
ボーカロイド・初音ミクの「曽根崎心中」の歌詞で抜粋された部分も追いつつ現代語訳にチャレンジ。
ご興味・お時間ございましたら,ご覧下さい。

http://doublesuicide.jp/text02.html

2013/01/22

わが北新地 :: 里中満智子・近松門左衛門・アーバンツーリズム

大阪の歴史と文化を感じるアーバンツーリズムを語るうえで絶対に外せない北新地。特に本通りを歩いてみると,「文化銘板」と名付けられた北新地の文化遺産を,図版と説明文(日本語/英語)を錆びないチタンパネルで表現し,遊歩道に設置されています。

たとえば……

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北新地を舞台にした心中物・恋物語といえば,多くの人が近松門左衛門の『曽根崎心中』を思い浮かべるかと思いますが,同じ近松の『心中天網島』も,北新地にあった紀伊国屋の遊女・小春と天満の紙問屋・治兵衛の心中を扱った代表作の一つです。

上記の文化銘板では,この『心中天網島』の大事なシーンを大阪出身の漫画家・里中満智子さんが描いています。錆びないチタンパネルではありますが,残念ながら雨風や夜の街が苦手?な太陽光にもさらされているためか,現物はやや見辛いので,北新地社交料飲協会のウェブサイトでご確認ください。

http://www.kita-shinchi.org/new/bunkameiban16.html

ちなみに現代の北新地は,妖艶なホステスさんが接客するナイトクラブや高級料理店のみならず,リーズナブルな居酒屋もあったりして,けっこう会社帰りの会社員やOLさんの姿も見かけます。

また,夜の蝶とも呼ばれるホステスさんには,甘い蜜が漂いそうな美しい花が似合います。

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田園地区に咲く素朴な花には素朴な花の美しさがあれば,歓楽街(花街)を彩る花には刹那の美しさを感じてしまいます。それにしても歓楽街の花屋で出番を待つ花って,どうして華々しいのに,どこか儚さを感じてしまうのでしょうか? 

さて,花より団子でもないですが有名な堂島ロールじゃなくて……

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北新地ロールなるものを発見しました!
まんなかの生クリームの部分には赤いストロベリージャムでしょうか?
ハートを形どってあって,いかにも新地らしいアイデアだと感心し,ついついパブロフの犬と化してしまったのでありました。

とまれ,やはり,北新地の歴史を語る上で一番大切ともいえる物語とは……

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曽根崎心中であります。もちろん文化銘板でも紹介されていますが,写真ではやや説明等わかりづらいので……

http://www.kita-shinchi.org/new/bunkameiban14.html

北新地社交料飲協会のウェブサイトでご確認ください。

それにしても,この文化銘板,英語でも説明文がありますので,日本の文化に興味がある海外からの観光客や日本に在住する方が来られても,ある意味,真の「大阪流アーバンツーリズム」が楽しめるはずです。

そして大阪を何気なく訪れた方にとっても,近代的なビルの狭間から,この街で生きてきた人々の人間模様を感じとれるかもしれません。そんな「人間臭さ」が魅力的でもある北新地でした。

(余談)
アメリカのクリントン元大統領が北新地をお気に入りとの話を,何かのテレビ番組で見たことがあります。

2013/01/18

アーバンツーリズムと曽根崎心中:大坂三十三観音巡礼(最終回/天王寺~心斎橋・本町)

※はじめてお越しの方へ。

はじめからお読みになられる場合は…
大坂三十三観音を歩いて大阪の街を再発見:その序章。
大坂三十三観音巡礼記その1
大坂三十三観音巡礼記その2
大坂三十三観音巡礼記その3
大坂三十三観音巡礼記その4
をクリックして順次お読みください。

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大通りをはさんで国立文楽劇場の前にあった古本屋。
「本より散歩」「本より昼めし」「本より恋愛」「本より映画」
という大阪っぽいパラドックスめいたコピーが新鮮でした。

さてさて,8月末に歩いた大坂三十三観音巡礼記録も今回が最後です。
写真をまじえながら歩いた軌跡を綴ります。

今までどおり,最後に曾根崎心中の原文と現代語訳をつけますが,
曾根崎心中で描かれた大坂三十三観音巡礼の最後の一文を,
勝手な現代語訳で恐縮ですが最初に紹介しておきます。

「観音様は一切衆生(私たち人間)を助けようと,
 この世に,三十三もの姿を変えては現れ,
 色気で人間の心を導き,情で人間に教え,
 恋を菩提の架け橋にして,美しいあの世(浄土)へ渡して助けてくださいます。
 遊女のお初は,さながら,観音の化身なのでしょうか?
 観音様の誓いは尊くも有り難いものです。」

第二十番~第三十三番まで。
四天王寺から心斎橋を経由して,最後に本町周辺で満願です。

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まずは四天王寺から。

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じつはこの五重塔をはじめて近くで見ました。
この五重塔や一部の仏閣を見る時だけ拝観料300円が必要です。

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四天王寺は新西国観音霊場の一番札所でもあり,
門前には巡礼に必要なものが一通り揃えることができます。
とまれ,今も昔も大坂三十三観音巡礼においては,
白装束で歩いた人は極めて稀だったのではないでしょうか?

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天王寺界隈にもある「清水寺(第二十五番)」へ行くルートに「だんじり」を作る会社がありました。

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谷町筋と松屋町筋の間には風情のある坂がたくさんあります。

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二十五番札所・清水寺。
通天閣を臨むだけでなく,いにしえの大坂の街を網膜の奥で描き出したくなる絶景です。

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第二十六番・心光寺,第二十七番・大覚寺,第二十八番・大覚寺。
このエリアは古い石標が多く,ふと巡礼者の足音を感じました。

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第二十九番・大覚寺。
天王寺高校発祥の地とありました。

さてさて,残すは,あと4カ所。
この時点で500MLのペットボトルを4、5本ぐらい消費。
でも,そのあかげで熱中症にはなりませんでした(※2010年8月)。

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次の札所である三津寺までは少々距離がありますが,
国立文楽劇場の前を大坂三十三観音巡礼で通るなんて,
奇遇といったらいいのでしょうか?

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ようやく難波・千日前に着くと,
なぜか人混みの中へ入っていきたくなりました。
さてさて,寄り道っぽくなってしまいましたが……

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御堂筋沿いにある第三十番・三津寺。
人通りの多い繁華街の中でも,
こうして巡礼で訪れると,なんだか心が落ち着くから不思議。

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第三十一番・大福院があったと思われる場所。
大阪だけでなく京都でも,歴史的な文献で書かれている場所の多くが,
コンビニやチェーン店のテナントだったりします。

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午後三時ごろに第三十二番・難波稲荷神社に到着。
小洒落た南船場のブティックがあるエリアを,
首にタオル,手にペットボトルと,頭に日本手ぬぐいをまとう,
怪しい男となった一日でした。苦笑。

そしていよいよ,最後の第三十三番・御霊神社に着くと……

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なんと文楽座跡でもあることを知りました。

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ここで大坂三十三観音の満願!!
自然と頭が垂れました。
そして神主さんからも労をねぎらう優しい言葉もいただきました!!

こうして大坂三十三観音を巡礼することで,
「曾根崎心中」を身体で読むことができ,
近松門左衛門の描写力の凄さを感じることもでき,
いろんな大阪の顔に出逢えました。

曽根崎心中を読んだり関心がある方でしたら,
きっと「けっこうしんどいけど楽しめる」大阪の奥深いアーバンツーリズムとして,
大坂三十三観音巡礼をオススメします。

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最後に四天王寺から御霊神社までの「曾根崎心中」の該当部分を,
現代語訳と原文と両方,以下に紹介します。

slateマークの部分 .... 近松門左衛門の原文です。
clubマークの部分 .... 私が勝手に現代語に翻訳・要約したりしたものです。

club私の勝手な曾根崎心中の現代訳

「はやくも天王寺にきました。
 まず六時堂,次に7000以上もの経典が納められている経堂を巡拝しました。
 今はお経を読む酉の時刻(夕方)ということもあり,
 カップルが待つ宵や朝の朝の別れについては他人事と思えど,
 聴くと辛い鐘の音が「こんこん」と響く金堂,そして講堂と巡拝しました。
 萬燈院(まんとういん)には,光り輝く蝋燭(ろうそく)がともされていました。

 新清水(清水寺)に着くと,しばしの休憩。
 (西行法師の古い歌を偲ばせる)逢坂の関の清水を汲み上げて,
 両手ですくって口をすすぎ,煩悩(ぼんのう)を起こす酒の酔いをさましました。
 
 木々の下を吹く風が涼しく右の袖から左の袖へと通り抜けます。
 通りのよい煙管(キセル)にくゆらせる煙も道中の癒しになって熱く感じません。
 その煙を吹き出すと乱れて空に消え,行方も知れません。
 タバコの別名である相思い草も,恋人を思うよすがとなりました。
 そうして寄り道をしている間に,陽が傾いて,
 先を急ごうとしていると,雨雲が広がってきました。

 時雨の松の下で雨宿りをしようと,下寺町へ回り,
 信心の心で深く心光寺をお参りし,
 いまだ悟りのない身さえも大いに悟ることができる大覚寺をお参りしました。
 さらに金台寺そして大蓮寺と巡拝すると,

 いよいよ第三十番の三津寺に着きました。
 この寺の大慈大悲に願いを込めて,
 仏の御手にかけられた五色の糸にすがって白髪町の大福院へ。
 黒髪は恋に乱れるものですから,その妄執の夢を醒まそうと,
 夢を食べるという獏(ばく)の名に通じる博労町まで辿り着きました。
 この稲荷は,仏は水,神は波の関係を示す標しとして,
 屋根を並べて観音堂そして新御霊社があり, 
 ついに新御霊社(御霊神社)で最後の観音様を拝み終えました。
 
 その観音様は一切衆生(私たち人間)を助けようと,
 この世に,三十三もの姿を変えては現れ,
 色気で人間の心を導き,情で人間に教え,
 恋を菩提の架け橋にして,美しいあの世(浄土)へ渡して助けてくださいます。
 遊女のお初は,さながら,観音の化身なのでしょうか?
 観音様の誓いは尊くも有り難いものです。」

slate近松門左衛門の原文

「はや天王寺に六時堂、七千余巻の経堂に、経読む鳥のときぞとて。
 よその待宵きぬぎぬも、思はで辛き鐘の声。こん。
 金堂に講堂や萬燈院に灯す火は。
 影も輝く蝋燭(ろうそく)のしん清水にしばしとて。やがて休らふ。
 逢坂の関の清水を汲みあげつ。手にむすびあげ口すすぎ、無明の酒の酔ひさます。
 木々の下風。ひやひやと右の袖口左の袖へ。通る煙管にくゆる火も。
 道の慰み熱からず吹きて乱るる薄煙。空に消えては是も又。行方も知らぬ。
 相思草。人忍ぶ草。道草に、日も傾きぬ急がんと又立出る雲の足。
 
 時雨の松のした寺町に、信心深き心光寺。悟らぬ身さへ大覚寺。
 さて金台寺大蓮寺。めぐりめぐりて是ぞはや。
 三十番に。みつ寺の大慈大悲を頼みにて。かくる仏の御手の糸。
 白髪町とよ黒髪は恋に乱るる妄執の。
 夢を覚さん博労の、ここも稲荷の神社仏神水波のしるしとて、
 甍並べし新御霊に、拝みおさまるさしも草。
 草のはす花世にまじり、三十三に御身をかえ色で。導き情で教へ、恋を菩提の橋となし、渡して救ふ觀世音。誓ひは妙(たへ)に有難し。」

大坂三十三観音巡礼記おわり

2013/01/14

大阪のモダン感覚と近松門左衛門の墓と夏空:大阪三十三観音巡礼記(玉造~谷町)/その4。

※はじめてお越しの方へ。

はじめからお読みになられる場合は…
大坂三十三観音を歩いて大阪の街を再発見:その序章。
大坂三十三観音巡礼記その1
大坂三十三観音巡礼記その2
大坂三十三観音巡礼記その3
をクリックして順次お読みください。

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これまで最初に『曾根崎心中』の原文と現代語訳を紹介していましたが,
それでは学校の授業みたいと思うようになったので,
ここからは写真を中心に大坂三十三観音と,
その周辺で気になった場所を紹介して,
最後に『曾根崎心中』の原文と現代語訳を紹介します。

今回は玉造~上町~谷町筋と,大阪市内でも比較的静かなエリアです。
大坂三十三観音でなくても,歩いていて,いろんな風情を感じます。

今も昔も,思うことは同じなのだと思わせられる光景にいっぱい出会いました。

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8月29日9時過ぎの天満橋。
ここから玉造までが歩いて見ると,やっぱり遠くて,
汗が「玉」のように吹き出てきました。
(↑曾根崎心中の観音めぐりでも,そう書いてあります)

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「汗の玉」をタオルでぬぐいつつ着いたのが「玉造」稲荷(第十番)。
明治維新時の廃仏毀釈(神仏分離令)により観音像はありません。

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第十一番の興徳寺。
このあたり,曾根崎心中が書かれた時代には,
四方八方の景色がキレイで海だけでなく淡路島も見えたようです。
今はその風情もありませんが,
ヨーロッパで大人気のニシキ鯉が泳いでいる寺があったりして,
外国からのお客さんと歩いたら喜んでもらえるのでは?と思えるエリア。

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慶伝寺(第十二番)と長安寺(第十四番)。
日曜ということもあってか,このあたりは本当に静かで,
昔は景色がよく四方八方をくまなく見渡せたことが容易に想像できます。

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誓安寺(第十五番)。ここでもニシキ鯉が泳いでいました。

それにしても,大阪の寺って,仏教の僧侶が本職なのか?副職なのか?
寺の建て方を見ていて大いに疑問がわいたりもしました。

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マンションの一部が門となっている寺。

さてさて『曾根崎心中』に書いてあるとおり,
上本町~谷町筋は坂道が多い! 
私も熱中症を避けるため,ここらへんを歩いている時から,
ペットボトルを買っては飲み,買っては飲みを繰り返しはじめました。
 
そんななか発見した珍風景とは……

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道の真ん中に鎮座する神社。
寺は都市計画や地上げ等で本当に多く移転していたりしますが,
神社の神の祟りを恐れてか,こうして残されるケースが多いですね。
ここを通ると谷町筋があらわれますが,

じつは近松門左衛門の墓は谷町筋にあります。
しかしながら,実際に見て見るとその風情にビックリ!

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近松門左衛門の墓。
なんと大阪市が所有する施設の奥に,スシ詰めのようにあった墓!
このあたりにかつて寺が存在し、そこにあった生前墓という説があります。
ちなみに本当の墓は尼崎にある広済寺にあります。

さらには佐賀県の近松寺にも近松門左衛門の墓があるそうですが,
その寺は,なんと隠れクリスチャンの寺だったというのですから,
いろいろと興味やイマジネーションがわいてきます。

ここから少し後戻りするようにして谷町六丁目駅方面へ歩き,
江戸時代に藤棚(第十六番)があったとされる観音坂へ。
谷町界隈というと風情のある小さな坂がたくさんありますが、
谷町筋側からは、どこが観音坂なのかわかりません。
そこで歩いているオバサンに訊ねてみると,
「この坂のこととちゃうか。」
と教えてもらい小さな坂を下ると……

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「観音坂」という石碑がありました!
このあたりに藤棚と観音堂,そして6軒の女郎屋があったそうです。
ちなみに一つ前の写真の両サイドにあったお店は
朝だったので開店していませんでしたが……

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じつは,こんなセンスのいい手作りの帽子屋さんや,雑貨屋さんがあります。
ミナミやキタの繁華街にはない,静かでやさしい世界。

ちなみに『曾根崎心中』のなかで描かれた観音坂付近を歩くお初の姿として,
こんな一文があります。

 「このあたりは歩き慣れないし行き慣れないので,
  着物が乱れて,ああ恥ずかしい。」


家族の苦境で遊女になったお初とはいえ,
そういった恥じらいがあるのは奥ゆかしい。
今の時代だったら,下着でもなんでも見られて恥ずかしくないのか?
なんて思うような時代ですから。

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そして谷町筋をどんどん南へ歩くと空堀の商店街と出会います。
とまれ,この日は巡礼に集中していたので,次に行った札所は……

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第十七番・重願寺の跡。
このあたりスクールゾーンとラブホテル街が同居していて,
いろんな意味で大阪の風情なのでしょうね?!

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第十八番・本誓寺。

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第十九番・菩提寺。
それにしても大阪市内では寺のまわりにラブホテルや風俗店の多いこと!

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偶然見かけた大衆演劇のポスターをあとにして四天王寺へと向かいました。

(※最終回に続く)

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近松門左衛門の原文と勝手な現代語訳

★大坂三十三観音めぐり☆第十番~第十九番★


slateマークの部分 .... 近松門左衛門の原文です。
clubマークの部分 .... 私が勝手に現代語に翻訳・要約したりしたものです。
eyeマークの部分 .... 私の勝手なコメントです。


slate近松門左衛門の原文

「そなたにめぐる夕立(ゆうだち)の雲の羽衣(はごろも)。
 蝉の羽。の、薄き手拭(てのご)ひ。
 暑き日に。貫く汗の玉造。稲荷の宮に迷ふとの。
 闇はことわり御仏も。衆生のための親なれば。
 こぞをばせの興徳寺。
 四方(よも)に眺めの果しなく西に舟路の海深く。波の淡路に消えずも通ふ。
 沖の潮風。身に染む鴎(かもめ)。汝(なれ)も無常の煙にむせぶ。
 色に焦れて死なうなら。しんぞ此身はなり次第。
 さて。げに好いけいでん寺。
 縁に引かれて。またいつか。ここに高津の遍妙院。
 菩提の種や上寺町の。長安寺より誓安寺。

 上りやすなやすな下りやちよこちよこ、上りつ下(お)りつ谷町筋を、
 歩みならはず行きならはねば。
 所体くづほれア、はずかしの、
 もりても裳裾(もすそ)がはらはらはら、はつと返るをうちかき合せ、ゆるみし帯を引き締め。引き締め。
 締めてまつはれ藤の棚。
 十七番に重願寺。
 これからいくつ生玉(いくだま)の、本誓寺ぞと伏し拝む。
 珠數に繋がん菩提寺や。」

club私の勝手な現代訳

「(天満の札所を全て回り)振り向いて見れば,
 夕立の雲が,羽衣か蝉(せみ)の羽のようにひろがっていた。
 その羽のように薄い手ぬぐいで,
 この暑い日に肌を貫くように浮かぶ汗の玉をぬぐいながら,
 第十番目の玉造稲荷神社の観音様を拝みました。
 この稲荷の夏祭りは闇の中で行われるので,人々は道に迷うそうです。
 子を思う親は子を思うがゆえに心の闇に迷いますが,
 仏様も衆生を思う親なればこそ,迷うことも迷うことも当然あることでしょう。

 さて,ここはもう小橋にある第十一番の興徳寺です。
 みわたす限り四方の眺めがはてしなく広がっていて,
 西を見れば船の航路が深い海に波を泡立たせ,
 その先に見える淡路島へ,沖の潮風に身を浸しながら,
 カモメが絶えず飛んでいる。
 カモメよ,お前も火葬場の無常の煙にむせていることだろう。 
 でも,恋に焦がれて死ぬのなら,
 その身を思いにまかせてもいいのではないでしょうか。

 さて,次はとても良い景色の慶伝寺(第十二番目)です。
 緑に誘われて,また足を運びたい高津の遍妙院(第十三番目)。
 そして菩提の種を植えたい,上寺町の長安寺(第十四番目)から誓安寺(第十五番目)。

 上りの坂はゆったりと歩き,下り坂はチョコチョコと小走りで,
 上ったり下ったりしながら谷町筋を歩きます。
 このあたりは歩き慣れないし行き慣れないので,着物が乱れて,ああ恥ずかしい。
 ふくらはぎが漏れて(見えて),着物の裾がはらはら。
 ハッと風に返るのを掻き合わせて,ゆるんだ帯を引き締めては引き締め,
 「締めてまつわれ」といえば藤にゆかりのある藤棚(第十六番)の観音様をお参りしました。

 十七番の札所は重願寺。
 その後,あといくつの札所(と人生)があるのかなと,
 数えながら生玉(いくだま)の本誓寺(十八番)はここと,伏して拝みました。
 そして菩提樹の実なら数珠につなぎたいと思いながら菩提寺(十九番)をあとにします。」



2013/01/12

大阪の風情今昔/大坂三十三観音巡礼記その3:南森町〜天満橋編

※はじめてお越しの方へ。

はじめからお読みになられる場合は…
大坂三十三観音を歩いて大阪の街を再発見:その序章。
大坂三十三観音巡礼記その1
大坂三十三観音巡礼記その2
をクリックして順次お読みください。

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:: 『曾根崎心中』を読みながらの私の大坂三十三観音巡礼記です。
 今回は 第六番~第九番までですが,
 過去と現在が見事に重なるエリアで個人的に思い入れが大きいテキストです。
 ではでは進めていきます。

slateマークの部分は,近松門左衛門の原文です。

clubマークの部分は,私が勝手に現代語に翻訳・要約したりしたものです。
 
eyeマークの部分は,私の勝手なコメントです。

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★大坂三十三観音めぐり☆第六番~第九番★

slate近松門左衛門の原文

「東はいかに。
 大鏡寺草の若芽も春過ぎて、
 遲れ咲きなる菜種(なたね)や芥子(けし)の。露にやつるる夏の虫。
 おのが妻恋ひ。やさしや すしや。あちへ飛びつれ。こちへ飛つれ。
 あちやこち風ひたひたひた。
 羽と羽とを袷(あわせ)の袖(そで)、
 染めた模様を花かとて、
 肩にとまればおのづから、
 紋(もん)に揚羽(あげは)の超泉寺。
 さて善道寺 栗東寺。天満の札所残りなく。」

club私の勝手な現代語への翻訳・要約

「さて,東へと観音巡礼の道を進めて六番目の大鏡寺に着きました。
 草が若芽を出す春も終わり,
 遅れ咲いた菜種(なたね)や芥子(けし)の露を身に受けて,
 やつれた夏の虫である蝶々が自分の妻を恋う姿を見ると,
 「やさしさ」と「いきがってる」様子を感じます。
 その夫婦の蝶々が,あっちに飛び,こっちに飛び,風になびきながら,
 ひたひたと羽と羽を合わせて,
 袷(おわせ)着物の袖に染めてあった模様を本当の花と見違えて肩に止まると,
 自然と揚羽(蝶/ちょう)の紋となりました。
 七番目の超泉寺(ちょうせんじ),
 そして八番目の善道寺,九番目の栗東寺と,
 あますところなく天満の札所を回りました。」

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↑お初天神で大量に奉納された札は恋愛がらみが大半!!
 ハングル語や中国語で書かれた札も見かけます。

:: このエリアは天神橋筋商店街と交差する寺町通りです。
 一直線に観音巡礼が第六番から第九番まで続きます。
 残念ながら,このエリアも太平洋戦争末期の本土空襲でアメリカ軍によって爆破され,古い寺は一つもありませんが,近松の時代と今の時代がつながるような,まさに奇遇とも言える光景に遭遇しました。
 ここからは各札所ごとに写真で追っていきます。

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↑六番目の大鏡寺があったとされるエリアは,なんと今は花屋さん!!!!

近松のテキストでは,この寺を巡礼したあたりから,夫婦の蝶々が,花柄の女性着物の絵を本物の花と間違って女性の肩に止まった,と綴っていますが,まさか,戦争でなくなった寺の跡に花屋があるなんて!そこで蝶(ちょう)にかけた超(ちょう)泉寺はというと……

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↑今はその名残りもなく,マージャン荘があるといったところでしょうか?!
 余談ですが,私,近松門左衛門の,このエリアを紹介するテキストにあやかり……

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↑揚羽蝶(あげはちょう)ではありませんが,蔓結び蝶(つるむすびちょう)の紋を入れた黒紋付を誂えました!! 着る機会はほとんどありませんが。

さらに八番札所〜九番札所と続きます。

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↑八番札所の善道寺。

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↑九番札所の栗東寺はモダンなビル風の寺でした。

:: このあたりで時計を見ると午前9時頃。
 そろそろ暑さを肌で感じる時間帯になってきました。

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ここまでは近松門左衛門が生きた時代の風情なんて写真では全く感じないかもしれませんが,十番札所以降は少しずつ,そんな風情も登場します。

とまれ,何より,この大坂三十三観音巡礼は,曾根崎心中という作品を通して,そのテキストの素晴らしさを感じながら歩き続けて,昔と今の大阪を知る一日旅ではないでしょうか。