« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月

2013/08/27

イーデン・アトウッド(Eden Atwood):「There Again」/初秋のそよ風漂う夜長に合う一枚

Dscn4536

今宵の一枚はイーデン・アトウッド(Eden Atwood)の「There Again」(1994年)。自作真空管アンプで音楽を聴くようになってからは、スタジオ録音でもライブ感がたまらずボーカルものを改めて聴いています。

ジャズシンガーのなかでもモデル出身で美女と誉れ高かったが(最近は太ってイメージが変わった)、性染色体がXY型で男性型なのに見た目は完全に女性という「完全型アンドロゲン不応症」だと公言している。性染色体が男性型で男性ホルモン(アンドロゲン)が分泌されているのに、細胞は全く受け付けないという。

なので、この人の場合は、女性よりもより女性らしい外見と、女性らしさをもって育ち育てられたのに、初潮を迎えることなく、様々な性をもっていることを知る。それでも、女性ジャズシンガーとしてだけでなく、養子をもらってホルモン治療で授乳までして育てたそうです。

音楽の話題からそれてしまいましたが、このアルバム、バラードばかり収録されていて、夜の寝る前に聴くには睡眠導入剤的な一枚。というのも、ラストの一曲は、日本でもほとんどの人が知っている「蛍の光」。スコットランド民謡というのもよく知られたところで、スコットランド語で「Auld Lang Syne」。英語だと「old long since」で、「久しき思い出」あたりの和訳(意訳)でいいのかな?!

日本での「蛍の光」は、卒業式や閉店・閉館時刻のBGMだったりしますが、日本語の歌詞は独自のものなので、ふだん想像する歌詞は「蛍の光」でも1、2番だったりしますね。3、4番は「一つに尽くせ国の為」といった一節からもわかるとおり、かつては大日本帝国海軍の告別行進曲としても使われたりした歌ですが、まあ、愛郷心を誘うメロディーであることは、万国共通しているようです。

昨今、スコットランドに独立の機運が高まっているなんて話題(住民投票の実施等)を耳にしますが、この「old long since」も準国歌としてスコットランド人に愛されているそうです。

wikipediaの「蛍の光」にかんする説明のなかに、スコットランドの詩人ロバート・バーンズによるスコットランド語と日本語訳の歌詞が掲載されていました。1番だけひいておきます。

Should auld acquaintance be forgot,
and never brought to mind ?
Should auld acquaintance be forgot,
and auld lang syne ?

旧友は忘れていくものなのだろうか、
古き昔も心から消え果てるものなのだろうか。

For auld lang syne, my dear,
for auld lang syne,
we'll tak a cup o' kindness yet,
for auld lang syne.

友よ、古き昔のために、
親愛のこの一杯を飲み干そうではないか。


こういう歌詞を読んでいると……

自分自身も少しずつ年齢を重ねてしまったのか?!

生まれた場所とか育った場所といった限定的な意味ではない、さりとてハリボテの愛国心でもない「愛郷心」を、今の日本では感じにくいと思う今日この頃であったりもします。

ちなみに、イーデン・アトウッドの「Auld Lang Syne」は、変にシャクったりすることもなく、とても丁寧に歌われていて不思議な静けさがあります。アルバムのラスト曲としては、うってつけですね。これを読んでくださった方には、是非、聴いていただきたいのですが、You Tubeにはないので、同じアルバムの1曲目「It Never Entered My Mind」のURLを挙げておきます。

http://youtu.be/5vH6qfve4l8


2013/08/21

アート作品の一部になってみました!@New Horizon(表良樹展)

Dscn4473

アート作品のなかで幽体離脱して書いているわけではないですが……先日、京都・三條御幸町にある「同時代ギャラリー」で初個展をされている表良樹さんの会期初日一番目のギャラリーとして、彼がギャラリー内でクリエイトしている作品の一部になってみました。

死体のごとく、四六時中、会場で横たわっているわけではありません。

この作品が意図するコンセプトは伺ってませんが……

・人間と自然(世界)との関係性?!
・大の字スタイルの禅定?!
・以前、同心円上に石を並べた土葬の墓を見た事があるけど、そういった死生観?!

いろいろと想像をかきたてられますが、私が会場を去った後に、作品は展開されているとのことで、もし京都市内へ足を運ばれるようなことがあれば、私の分身?!でもご覧ください。

http://www.dohjidai.com/

↑同時代ギャラリーのウェブサイト

写真上:死体検証のような小生
写真下:作品を展開されている表良樹さん

Dscn4477



2013/08/01

『TPP 黒い条約』(集英社新書・中野剛志編):開国というよりは、日本からアメリカへの新たなる参勤交代のはじまり?!

Dscn4393

『TPP 黒い条約』(集英社新書・中野剛志編)

TPPについて危惧する人々は、その本質をTPPについて知らない人に伝えようと賢明にメッセージを発しようとするあまり、うざったるがられたりしていないでしょうか(苦笑)? 

TPP関連の議論は至るところにあるので、勝手ながら私の思うところを。やれ「平成の開国」だとか「第三の開国」などと位置づけ、まるでアメリカと対峙しているように表現されることが多いけど、じつのところ、関ヶ原の戦いが終わった後の徳川幕府(アメリカ)と外様大名(日本)みたいな関係の強化もしくは総仕上げが、TPPってことでしょうか。

鳩山元首相の頃に廃止になった日米の「年次改革要望書」も、そのじつ、日本からアメリカへの参勤交代みたいなもので、アメリカからの要望は受け入れても、日本からの要望はスルー。その参勤交代での献上品は、いよいよ「日本の主権」だったり「医療分野の改革(改悪)」だったりする。

こうやって書くと、いかにもアメリカは謀略ばかり立てる悪者みたいに感じるかもしれないけど、そのじつ、アメリカ大使館のウェブサイトを見ると、政策関連のメニュー一覧には、日本にたいする「要求!」の書類が、堂々と日本語に訳され公開されています。しかも相手が誰だろうとブレない。で、それを読むと、むしろ何をいってるのかわからなくなるのが日本側の対応。アメリカ側にも日本側にも「憂慮」(爆)するあまりか、世間に流布する翻訳は「意訳」どころか「偽訳」とも思えるものも多く、これでは、ますます日本古来の「言霊信仰」(特に私が信じているわけではありませんが)も薄れるわけであります。

話を『TPP 黒い条約』に戻しまして、TPP以前にも以上のような流れが昨今の日米関係にあることを明快に書かれている関岡英之氏の「第二章 米国主導の「日本改造計画」四半世紀」を最初に読んでから、「第一章:世界の構造変化とアメリカの新たな戦略―TPPの背後にあるもの―」(中野剛志氏)と読み進めても、この本は興味深いかなというのが読了後の雑感。

最後に余談ですが、アメリカとEUとの間でも行なわれているTPPのような交渉が大もめにもめて、特にフランスが「自国文化の保守」を理由としているようですが、国際条約(TPP)が日本の法律よりも上にくるということは、文化の変容も余儀なくされる可能性大ということ。そういえばEUは会合等で各国に通訳がついて議論されるようですが、TPPでは日本語も非関税障壁なのでしょうね、すべて英語です。

これは全くの戯言として読み流していただきたいのですが、第二次世界大戦後、文豪・志賀直哉が、文法が整理され美しいフランス語を公用語にという「日本語廃止論」を唱えたこともあった。それ以前にも英語公用化論は議論されていたりするわけですが、フランス語に目をつけた志賀直哉は、フランス語に「憧れの文化」までをも見たのかもしれない。まあ、到底、日本国内では受け入れられない志賀直哉の「日本語廃止論」ではありましたが。



« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »