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2013/01/13

痛くない社会づくり「ベーシックインカム」:『働かざるもの、飢えるべからず。』

Dscn1623『働かざるもの、飢えるべからず。 ベーシック・インカムと社会相続で作り出す「痛くない社会」』

小飼弾著/サンガ/2009年


まず,ベーシックインカムのことを全く知らない方のために,wikipediaによる説明を一部ひいてみます。

ベーシックインカム (basic income) は最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想。基礎所得保障、基本所得保障、国民配当とも、また頭文字をとってBIともいう。フィリップ・ヴァン・パレースが代表的な提唱者であり、弁護者である。しかし少なくとも18世紀末に社会思想家のトマス・ペインが主張していたとされ、1970年代のヨーロッパで議論がはじまっており、2000年代になってからは新自由主義者を中心として、世界と日本でも話題にのぼるようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ベーシックインカム

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これまでインターネットの記事や動画配信で,たびたび目に耳にしてきた「ベーシックインカム」。ただ、これまでベーシックインカムにかんする書籍は一度も読んだことがなかったものの、「私のようなプログラマーが多くの人から仕事を奪った」と以前にインターネット放送で発言していた小飼氏の著作ということと、「IT業界の慈悲心とはいかなるものか?」という好奇心もあり、手に取り読了。

まず、この本を読む上で大事なポイントは、「ベーシックインカム」という社会政策の利害得失を知る事はもちろんのこと、本書で展開される子飼氏が持っている生命倫理観や所有の概念は、たぶんに仏教的であるということでしょうか。

■人間は、なにも作ってない

「第1章 なぜいま、貧困があるのか」では、いきなり「人間は、なにも作ってない」という前提からはじまります。これは神が人間を創造し、人間に自然の支配者としての地位を与えたキリスト教の考えとは、真っ向から対峙します。根源をつきつめてきけば、「人は生きていくのに必要なものをいっさい作っていません。作るのはあくまで植物であり、環境であり、自然であって、人はその上前をかすめているだけ」という。自然を人間の上位にもってくるのは、仏教のみならず東洋的な思考ともいうべきか。

そういえば、よく「この世のものは全部借り物。死んであの世にもっていけない」という言葉を、かつて老人からたびたび聞かされて久しい。聖徳太子の言葉とされる「世間虚仮、唯仏是真」(世間はむなしく仮のものであり、ただ仏のみが真理である)という教えがまさしく老人達がいうところであるが、「唯仏是真」という部分については、他の書籍等に譲るとして……

「痛くない社会」を作っていくためには最大の「煩悩(欲)の素」ともいえる「カネ」を、どう人間と社会が扱うべきなのか?

■「より良いものを、より安く」という呪縛

小飼氏によれば「より良いものを、より安く」という「みんなの総意」が、ますます冨を一極集中させてしまっているのだという。消費する場が、地元の商店街からショッピングセンターへ、あげくの果てには、ショッピングセンターからアマゾン(他にも楽天などもあるが)といったインターネット販売へと変遷しているのは、その証左。これでは、ますますカネが回らなくなってしまいます。

余談ですが、深刻な経済危機に陥っているギリシャでは高級車ポルシェの所有所有台数が一番多いとも言われています。なんでも、経済が困窮状態なら、カネで持ってるよりもポルシェを持っとけと、実に楽観的な考えでローンを組む人も多いとか。見事なまでの「煩悩(欲)の花満開」といったところですが……

ギリシャと正反対ともいえるのが日本の社会および人間。年収200万円以下の低所得者だけでなく、年収1000万円クラスの家庭でも、低価格の代名詞といもいえるユニクロで買物し、せっせとカネを貯めこんでいる人は少なくないのではないでしょうか?

しかし、です。どこまで使えるかわからないポルシェを買うためにローンを組むのも「煩悩(欲)」であるならば、自分のためだけでなく家族のためとはいえ「出費を節約してカネを貯める」ことも、これはこれで立派な「煩悩(欲)」です。

■安物買いの銭失い

節約した人がカネを貯めこんだために「カネが社会に回らず」貧乏になる人が必ずいる。その成れの果てに近いのが、今の日本。ここまでデフレが進展してしまったのも、そのじつ、小飼氏の言う「より良いものを、より安く」から「より安く」のみが一人歩きして、「安く買えるのはいいことだ」と心に言い聞かせる事で、ますます「安物買いの銭失い」になってしまっています。

ここで私がいうところの「安物買いの銭失い」とは、「 安物はものが悪く長持ちがしないから買い直したりしていると、かえって高くつく」という本来の意味のほかに、「ものが安くなればなるほど、ものを作る人やものを売る人の所得が減るだけでなく、もののコストを下げるために会社が大規模な合理化やリストラをすることで失業者が増える」ということも意味しています。

まるで、エサがなくなったタコが、自分の足をエサがわりに食べてしまうようなものです。

さて、話を『働かざるもの、飢えるべからず。』に戻しましょう。

■一生懸命になれることを見つけて人と分かち合う

ここまでけっこうな紙幅を割きましたので、多くのことを割愛してしまいますが、では、一極集中した冨を社会に還流するにはいかなる方法があるのか?

一つの方法として、小飼氏はカネをはじめとする財産を所有する人が亡くなったとき、その相続税を100%としてベーシックインカム公社集めて個人に再配分するという、じつに大胆な提案をしています。なんでも、年間110万人の方々が亡くなられますが、現在では約80兆円、2020年には109兆円になると見込まれるようです。これらの相続人を国民全員とした場合、一人当たり年間64万円。月あたりに換算すると約5万円となり、おおよそベーシックインカムの相当額となります。

次に、問題となるのは「仕事」についてですが、ここはプログラマーらしい発想といえばいいでしょうか。たとえニートであっても「ベーシックインカムで食うに困らない環境で、無我夢中になれることを見いだせばいい。それがときには仕事として実を結んだり、いろんな人に分け与えてられる」という考え方です。紋切り型の「就職して汗水垂らして働いてカネを稼げ」という考え方とは180度異なります。

ちなみに優秀なプログラマーや事業家に「もしなりたい」とすれば「時の運」や「才能」に左右されることもありますが、小飼氏は、働く人(努力して成功する人)がいる一方で働けない人(努力が報われない)もいないと、今後の日本の労働環境では人間が社会で共生することが難しいと説いています。一人ひとりが努力して勤勉に働けば働くほど、さまざまな能力の人達でワークシェアリングをすることが難しい昨今です。

極端な言い方をすれば、成熟した消費社会には、人と人の絆や喜びや生き甲斐や生活の糧を分け与えられる、上手な消費専門家がいてもいいといったところでしょうか?!

■今日は人の上、明日は我が身の上。努力が報われるとは限らない

ここまで、読んだ本のレビューとしては著者が言いたいことの本質からかけ離れてしまっているかもしれませんが、ベーシックインカムを採用することは、そのじつ、個々のカネの使い道については「本人の自由」という一方で、使い方に失敗すれば「自己責任」を問われかねません。

「所有」から「利用」へ。カネのみならず全てのことで、特に日本では考える必要があるテーマかと思いますが、未来への不安ばかり募らせる日本および日本で生きる人々なので、ベーシックインカムを導入する場合に避けて通れないのは、いかにして「相互扶助」を、(昔のように)取り戻す!ではなくて、ごくごくふつうに浸透させるかにあります。

しかしながら、これだけ物質的に恵まれていながら、幸福度が低く、未来への不安をいっぱい抱えてしまう日本の社会と人々。小金持ちはますます貯蓄に精を出すことで、ひとまず安心してしまいます。そんな現実を鑑みながら話を進めましょう。

基本的に老若男女一律に支給されるベーシックインカムの使いみちは自由なので、従来の「社会保障」とは異なります。また生活保護も年金といった社会保障も、全てベーシックインカムで一元化されるという考え方が主流です。なので、もしベーシックインカムが導入されれば、手続きが簡略化されるかわりに、これまでならカテゴリー別に受給できた様々な社会保障の枠が撤廃されるので、ベーシックインカム導入後、手にするカネが少なくなる人が増えるかもしれません。そのいっぽうで、ベーシックインカムという「言葉」を与えられただけでも、その用途や人間そのものの生き方、さらにはカネの価値について議論するきっかけにもなることでしょう。

なにせ「働かなくてもカネがもらえる」わけですから、カネの概念が大きく転換する可能性も考えられます。

とまれ、この日本で生きている限り、ソフト面・ハード面いずれにしても、社会的なインフラを、いかにして利用するかということも重大なテーマです。『働かざるもの、飢えるべからず。』では「いちばん大きなやつに持たせてみんなで使うのがいちばん得」という項目を設けて、「公共のものは無条件であるべき」としていますが、ここでは「だれに持たせると効用が最大になるのか」という点から、民営と公営(国営)を振り分けよといった説明がなされています。

個人的には現在における「効用」のみならず「(過去~現在~未来)という時空を越えて良好に持続できる存在」であれば、現時点での効用は最大でなくても、後世に伝えていくことで生かされる事は多々あるかと思います。

その点においては、小飼氏のように「いまと100年後とどっちがいい」と問われれば「未来のほうが間違いなくいい」と100%言い切れません。が、仏教でいうところの「無所得」……何ものにもとらわれない/執着から離れた自由な境地に達するまではいかなくても、汗水垂らして稼いだカネではない最小限のベーシックインカムゆえに、多くの人がバブル期の異常さとは異なるカネ離れが、人々の心に芽生えるかもしれません。

■「節約」ではなく「節度」なくしてベーシックインカムは導入できず?!

いずれにしても、小飼氏の「イイタイコト」には、耳を傾ける点が多くありました。ただ、バブル経済を余韻があったからこそ、「所有する人」は、決して仕事や所得を「所有しない人」とシェアしようとぜず「過剰」を貯め込んできたかと思います。個人金融資産残高は2012年6月で、なんと1159兆円です! なのに貧富の差は拡大する。そして社会全体で「過剰」を貯め込んだ結果、日本は長期のデフレ経済になりました。

いっぽうで国家財政においては「財政赤字」という形で「過剰」は蓄積しています。政府の債務残高は1124兆円(2012年6月)にまでふくれあがりました。

政府の債務残高が「過剰」を脱することだけでなく、個人金融資産残高が政府の債務残高よりも上回るようにしつつも両者の「過剰」を脱しないことには、ベーシックインカムの導入は厳しいと思うのは私だけでしょうか?

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コメント

働かざるもの、飢えるべからず。
この固定観念をぶち壊して今の社会保障制度を抜本的しないと日本人は団塊の世代と共に消滅していく運命となっていくでしょう。

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