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2013/01/14

大阪のモダン感覚と近松門左衛門の墓と夏空:大阪三十三観音巡礼記(玉造~谷町)/その4。

※はじめてお越しの方へ。

はじめからお読みになられる場合は…
大坂三十三観音を歩いて大阪の街を再発見:その序章。
大坂三十三観音巡礼記その1
大坂三十三観音巡礼記その2
大坂三十三観音巡礼記その3
をクリックして順次お読みください。

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これまで最初に『曾根崎心中』の原文と現代語訳を紹介していましたが,
それでは学校の授業みたいと思うようになったので,
ここからは写真を中心に大坂三十三観音と,
その周辺で気になった場所を紹介して,
最後に『曾根崎心中』の原文と現代語訳を紹介します。

今回は玉造~上町~谷町筋と,大阪市内でも比較的静かなエリアです。
大坂三十三観音でなくても,歩いていて,いろんな風情を感じます。

今も昔も,思うことは同じなのだと思わせられる光景にいっぱい出会いました。

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8月29日9時過ぎの天満橋。
ここから玉造までが歩いて見ると,やっぱり遠くて,
汗が「玉」のように吹き出てきました。
(↑曾根崎心中の観音めぐりでも,そう書いてあります)

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「汗の玉」をタオルでぬぐいつつ着いたのが「玉造」稲荷(第十番)。
明治維新時の廃仏毀釈(神仏分離令)により観音像はありません。

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第十一番の興徳寺。
このあたり,曾根崎心中が書かれた時代には,
四方八方の景色がキレイで海だけでなく淡路島も見えたようです。
今はその風情もありませんが,
ヨーロッパで大人気のニシキ鯉が泳いでいる寺があったりして,
外国からのお客さんと歩いたら喜んでもらえるのでは?と思えるエリア。

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慶伝寺(第十二番)と長安寺(第十四番)。
日曜ということもあってか,このあたりは本当に静かで,
昔は景色がよく四方八方をくまなく見渡せたことが容易に想像できます。

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誓安寺(第十五番)。ここでもニシキ鯉が泳いでいました。

それにしても,大阪の寺って,仏教の僧侶が本職なのか?副職なのか?
寺の建て方を見ていて大いに疑問がわいたりもしました。

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マンションの一部が門となっている寺。

さてさて『曾根崎心中』に書いてあるとおり,
上本町~谷町筋は坂道が多い! 
私も熱中症を避けるため,ここらへんを歩いている時から,
ペットボトルを買っては飲み,買っては飲みを繰り返しはじめました。
 
そんななか発見した珍風景とは……

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道の真ん中に鎮座する神社。
寺は都市計画や地上げ等で本当に多く移転していたりしますが,
神社の神の祟りを恐れてか,こうして残されるケースが多いですね。
ここを通ると谷町筋があらわれますが,

じつは近松門左衛門の墓は谷町筋にあります。
しかしながら,実際に見て見るとその風情にビックリ!

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近松門左衛門の墓。
なんと大阪市が所有する施設の奥に,スシ詰めのようにあった墓!
このあたりにかつて寺が存在し、そこにあった生前墓という説があります。
ちなみに本当の墓は尼崎にある広済寺にあります。

さらには佐賀県の近松寺にも近松門左衛門の墓があるそうですが,
その寺は,なんと隠れクリスチャンの寺だったというのですから,
いろいろと興味やイマジネーションがわいてきます。

ここから少し後戻りするようにして谷町六丁目駅方面へ歩き,
江戸時代に藤棚(第十六番)があったとされる観音坂へ。
谷町界隈というと風情のある小さな坂がたくさんありますが、
谷町筋側からは、どこが観音坂なのかわかりません。
そこで歩いているオバサンに訊ねてみると,
「この坂のこととちゃうか。」
と教えてもらい小さな坂を下ると……

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「観音坂」という石碑がありました!
このあたりに藤棚と観音堂,そして6軒の女郎屋があったそうです。
ちなみに一つ前の写真の両サイドにあったお店は
朝だったので開店していませんでしたが……

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じつは,こんなセンスのいい手作りの帽子屋さんや,雑貨屋さんがあります。
ミナミやキタの繁華街にはない,静かでやさしい世界。

ちなみに『曾根崎心中』のなかで描かれた観音坂付近を歩くお初の姿として,
こんな一文があります。

 「このあたりは歩き慣れないし行き慣れないので,
  着物が乱れて,ああ恥ずかしい。」


家族の苦境で遊女になったお初とはいえ,
そういった恥じらいがあるのは奥ゆかしい。
今の時代だったら,下着でもなんでも見られて恥ずかしくないのか?
なんて思うような時代ですから。

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そして谷町筋をどんどん南へ歩くと空堀の商店街と出会います。
とまれ,この日は巡礼に集中していたので,次に行った札所は……

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第十七番・重願寺の跡。
このあたりスクールゾーンとラブホテル街が同居していて,
いろんな意味で大阪の風情なのでしょうね?!

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第十八番・本誓寺。

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第十九番・菩提寺。
それにしても大阪市内では寺のまわりにラブホテルや風俗店の多いこと!

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偶然見かけた大衆演劇のポスターをあとにして四天王寺へと向かいました。

(※最終回に続く)

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近松門左衛門の原文と勝手な現代語訳

★大坂三十三観音めぐり☆第十番~第十九番★


slateマークの部分 .... 近松門左衛門の原文です。
clubマークの部分 .... 私が勝手に現代語に翻訳・要約したりしたものです。
eyeマークの部分 .... 私の勝手なコメントです。


slate近松門左衛門の原文

「そなたにめぐる夕立(ゆうだち)の雲の羽衣(はごろも)。
 蝉の羽。の、薄き手拭(てのご)ひ。
 暑き日に。貫く汗の玉造。稲荷の宮に迷ふとの。
 闇はことわり御仏も。衆生のための親なれば。
 こぞをばせの興徳寺。
 四方(よも)に眺めの果しなく西に舟路の海深く。波の淡路に消えずも通ふ。
 沖の潮風。身に染む鴎(かもめ)。汝(なれ)も無常の煙にむせぶ。
 色に焦れて死なうなら。しんぞ此身はなり次第。
 さて。げに好いけいでん寺。
 縁に引かれて。またいつか。ここに高津の遍妙院。
 菩提の種や上寺町の。長安寺より誓安寺。

 上りやすなやすな下りやちよこちよこ、上りつ下(お)りつ谷町筋を、
 歩みならはず行きならはねば。
 所体くづほれア、はずかしの、
 もりても裳裾(もすそ)がはらはらはら、はつと返るをうちかき合せ、ゆるみし帯を引き締め。引き締め。
 締めてまつはれ藤の棚。
 十七番に重願寺。
 これからいくつ生玉(いくだま)の、本誓寺ぞと伏し拝む。
 珠數に繋がん菩提寺や。」

club私の勝手な現代訳

「(天満の札所を全て回り)振り向いて見れば,
 夕立の雲が,羽衣か蝉(せみ)の羽のようにひろがっていた。
 その羽のように薄い手ぬぐいで,
 この暑い日に肌を貫くように浮かぶ汗の玉をぬぐいながら,
 第十番目の玉造稲荷神社の観音様を拝みました。
 この稲荷の夏祭りは闇の中で行われるので,人々は道に迷うそうです。
 子を思う親は子を思うがゆえに心の闇に迷いますが,
 仏様も衆生を思う親なればこそ,迷うことも迷うことも当然あることでしょう。

 さて,ここはもう小橋にある第十一番の興徳寺です。
 みわたす限り四方の眺めがはてしなく広がっていて,
 西を見れば船の航路が深い海に波を泡立たせ,
 その先に見える淡路島へ,沖の潮風に身を浸しながら,
 カモメが絶えず飛んでいる。
 カモメよ,お前も火葬場の無常の煙にむせていることだろう。 
 でも,恋に焦がれて死ぬのなら,
 その身を思いにまかせてもいいのではないでしょうか。

 さて,次はとても良い景色の慶伝寺(第十二番目)です。
 緑に誘われて,また足を運びたい高津の遍妙院(第十三番目)。
 そして菩提の種を植えたい,上寺町の長安寺(第十四番目)から誓安寺(第十五番目)。

 上りの坂はゆったりと歩き,下り坂はチョコチョコと小走りで,
 上ったり下ったりしながら谷町筋を歩きます。
 このあたりは歩き慣れないし行き慣れないので,着物が乱れて,ああ恥ずかしい。
 ふくらはぎが漏れて(見えて),着物の裾がはらはら。
 ハッと風に返るのを掻き合わせて,ゆるんだ帯を引き締めては引き締め,
 「締めてまつわれ」といえば藤にゆかりのある藤棚(第十六番)の観音様をお参りしました。

 十七番の札所は重願寺。
 その後,あといくつの札所(と人生)があるのかなと,
 数えながら生玉(いくだま)の本誓寺(十八番)はここと,伏して拝みました。
 そして菩提樹の実なら数珠につなぎたいと思いながら菩提寺(十九番)をあとにします。」



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