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2013年1月

2013/01/30

不思議な旨さのあるドライシュリンプ「ナムプリックパッポン」に思いを馳せる安井秀一さん

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写真の人は……ちょっと無国籍な雰囲気の漂う風貌のとおりというか,世田谷・若林にあるエスニック系無国籍料理店「パッポン食堂」のオーナーシェフで,「ナムプリックパッポン」という唐辛子のスパイシーさの向こうからエビやタマネギの旨味がほとばしるドライシュリンプをタイから輸入・販売されている安井秀一さんです。

昨年の秋,お会いしたとき,両手にナムプリックパッポンを持っていただいての記念撮影です。

かくいう自分自身,もともとは激辛が苦手なほうなのですが,このナムプリックパッポンのマイルドは,そんな私でもいろんな料理につかって問題ないので大のお気に入りです。

特に炒め物だと,調味料としてだけでなく,後で旨味や辛味を調整する薬味としても大活躍。他にも鶏の軟骨をアルミホイルの上にのせ,そこにナムプリックパッポンと,その日の気分に合わせて塩コショウや塩こうじタレ等で調味してオーブンでカリッと仕上げ,酒を飲んだりして楽しんでいます。

ちなみに,このナムプリックパッポン,出逢いから販売開始するまで,なんと10年もの試行錯誤を経ておられます。そのときの様子なども秘話として,安井さんの会社のウェブサイトで紹介されています。

http://patpong.biz/

上記サイトへアクセスすれば,ナムプリックパッポンの通信販売や無料お試しパックの注文も可能です。

また,安井さんが厨房で活躍するパッポン食堂では,ランチタイムでご自慢の麺類(担々麺/パッタイ/パッポン麺)を出しておられます。もちろん?!ナムプリックパッポンも好きなだけ使えます。特に担々麺は独自のエスニックテイストが自慢なので,ラーメンマニアの方も,一度,立ち寄ってみてください!

http://patpong.biz/tantanmen.html

↑担々麺について

2013/01/27

酒場の隠語的な当て字:「女乳」

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時おり訪れる酒屋直営の立ち飲み屋で,
店の人に尋ねようとしながらも棚上げしていた疑問がありました。
写真のとおり,お酒の瓶が並べられた棚の上段に「その疑問」が掲げられていたからかもしれませんが。

「つき出し 女乳(立呑用)」

と書かれた「女乳」の意味です。

どうやら「女乳」とは「メニュー」の当て字というか,
ロンドンを「倫敦」と書くようなものかもしれませんが……

ただそれだけで納得していてはおもしろくないなあと思ってしまうのです。

江戸期の花街で作られた「隠語」かもしれないと。

たとえば吉原で一番位の高い遊女は「おいらん」と呼ばれましたが,漢字では「花魁」と書きます。これは一節によると,梅毒の症状が現れてやって一人前の「おいらん」と認められたそうです(妊娠もしにくくなるなどの理由もあり)。

いっぽう遊郭で遊ぶ男性も遊女を買って梅毒が発症することもありました。この梅毒,症状によっては鼻の先が欠けることから,「鼻(花)」の「先がかけ(魁)」るから「花魁」と書くというのが語られたりしますね。

そういう意味合いが歓楽街につきものの酒場で使われる「女乳」にもあるのではないか?
と思っているのですが……

ちょっと考え過ぎでしょうか?

まずは,次回,このボードが掲げられた立ち飲み屋の人に質問してみます。

2013/01/26

MISSING:鳥を探しています

Tori

京都市内で発見した張り紙。

自分自身,過去に鳥カゴから飼っていたインコが逃げて行方不明になったことがありました。ペットのことを日本語で「愛玩動物」と書きますが,人間の都合で羽根を伸ばせなかった鳥にとっては,カゴのなかはストレス充満どころではないかもしれません。

これまで人間からエサを与えられていた元ペットの鳥が,どこまで外界でサバイバルできるか? そんな人間からの心配が届くなら,もう一度,ずっと束縛されたカゴへ戻ってくるかもしれません。でも,私の場合は,飼っていたインコが戻ってくることはありませんでした。

そんな余談はさておき,ふと発見した張り紙には,こう書かれています。

「My cherish bird "George" has gone to somewhere. If you have any information, please contact me. Reword if found.」
「私の大切な鳥のジョージがどこかへ行ってしまいました。何か情報がありましたら、ご連絡ください。見つけた方には謝礼を差し上げます。」

連絡先には欧米系の方の名前がありました。

この張り紙は京都で見つけたので,もし,この張り紙を作ったご本人が京都在住であれば,山も近くにたくさんあるので,自然のなかでエサを見つけてサバイバルできるかもしれません。といっても,この鳥を狙う外敵はそこかしこにいるので,別の意味でのサバイバルが待ち受けているかもしれませんが。

なんてことを,過去に飼っていたインコを逃がした経験から心配するいっぽうで,この張り紙に写っている鳥にはリアリティがないように感じていました。それと日本で多く見かけるペットの「探しています」系張り紙の多くは,たいてい,なんの加工も施していない写真で,ペットの年齢や特徴が事細かに書かれていたりします。おまけに貴重な個人情報としての連絡先電話番号も。そんなことを想像するにつれ,愛するペットを失うかもしれない動揺で,この張り紙のような整然としたレイアウトをする気持ちの余裕すらないと思うのです。

もしも本当に探しておられるなら「疑って申し訳ない」と思いつつ,この鳥の飼い主をインターネットで検索してみました。すると……

http://www.yonderartsparty.com/CelinaPudlik.html

上記のページでご本人を発見。YAP(Yonder Arts Party)なるアート関係の集団の一員でらっしゃることがわかりました。しかも,このページには……

「untitled A4, ink on paper」

とあります。これはもう,「鳥を探すこと」ではなく「張り紙という作品を発表すること」が本題ですね。

ときおりテレビ番組で,「道をたずねたら,どこの地方の人が一番親切なのか?」といった企画をサクラを使って放映することがありますけど,こうしてウェブサイトで作品として紹介されていると,親切心で「鳥を探している人がいます」と助け合いの声を発することができないのは,私だけでしょうか?

とまれ,「untitled A4, ink on paper」というタイトル等については,YAPのウェブサイトで発見することができました,ということだけ述べて,このテーマを終える事にします。


2013/01/25

吉野奈津子個展 -SEVENTH SENSE-:オートマティックドローイング

Yosino

下絵なしで作品を描き上げるという「オートマティックドローイング」の手法を用いた個展に足を運んでみました。

吉野奈津子さんという,カナダで絵の勉強をされていた方の個展です。

「オートマティックドローイング」と聞くと,どことなく,アンドレ・ブルドンの「オートマティスム(自動記述)」なんてことを連想してみたくもなりますが,見方を変えれば,宗教家の「お筆先」みたく自らの意思を越えたところから描いておられるのかどうかはともかく……

ダダとかシュールレアリズムというよりは,私の素人的な感覚では,遠くからみれば,どことなく東洋的な山水画にも見えますし,近くから覗き込めば,どことなく歌川国芳の戯画っぽくも見える,個性の強い作品群でした。

掲載した写真の作品は,なかでも印象的だった作品です。唯一和紙を使った作品で,顔料なのか絵具そのものについては作家に確認していませんが,金色の部分が洋紙にはないキラメキがあり,精緻なペンでのドローイング部分とのコントラストが新鮮でした。

http://anicca-natsuko.com/

作家さんのウェブサイト

2013/01/23

交通広告「金麦」:ウォーホールのキャンベルスープ缶とは真逆の存在感。

Mugi

とある地下鉄の駅の通路を歩いていて,久々に「気持ちいいデザインの広告」と立ち止まった。

今までアルコール飲料の広告といえば,瓶や缶といった容器で認知されてナンボといったイメージが強くありましたけど,この広告には商品の目印ともいえる缶はシルエットのみ。文字としてのコピーも「うれしいのが、」とあるのみ。ロゴと泡しぶきだけで商品のイメージが喚起できるなんて,なんだか,ウォーホールのキャンベルスープ缶へのアイロニーとでもいうべきでしょうか?! 

「商品そのものの味わいは,実際に飲んでみてください!」と語りかけるような世界観でした。

この商品の主な購買層ともいえる中年男性に人気があるという壇れいさんの表情が指先までゆきとどいているようにも見え,殺風景な地下鉄の通路で「ちょっと早めに家路について,暖を取りながらゆっくり飲もうかな?」という気にさせてくれる,「うまいなあ」と膝を叩いてしまった広告でした。

ちなみに,自分自身は一切,リキュール類(発泡酒)は飲みませんが。苦笑。

2013/01/22

わが北新地 :: 里中満智子・近松門左衛門・アーバンツーリズム

大阪の歴史と文化を感じるアーバンツーリズムを語るうえで絶対に外せない北新地。特に本通りを歩いてみると,「文化銘板」と名付けられた北新地の文化遺産を,図版と説明文(日本語/英語)を錆びないチタンパネルで表現し,遊歩道に設置されています。

たとえば……

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北新地を舞台にした心中物・恋物語といえば,多くの人が近松門左衛門の『曽根崎心中』を思い浮かべるかと思いますが,同じ近松の『心中天網島』も,北新地にあった紀伊国屋の遊女・小春と天満の紙問屋・治兵衛の心中を扱った代表作の一つです。

上記の文化銘板では,この『心中天網島』の大事なシーンを大阪出身の漫画家・里中満智子さんが描いています。錆びないチタンパネルではありますが,残念ながら雨風や夜の街が苦手?な太陽光にもさらされているためか,現物はやや見辛いので,北新地社交料飲協会のウェブサイトでご確認ください。

http://www.kita-shinchi.org/new/bunkameiban16.html

ちなみに現代の北新地は,妖艶なホステスさんが接客するナイトクラブや高級料理店のみならず,リーズナブルな居酒屋もあったりして,けっこう会社帰りの会社員やOLさんの姿も見かけます。

また,夜の蝶とも呼ばれるホステスさんには,甘い蜜が漂いそうな美しい花が似合います。

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田園地区に咲く素朴な花には素朴な花の美しさがあれば,歓楽街(花街)を彩る花には刹那の美しさを感じてしまいます。それにしても歓楽街の花屋で出番を待つ花って,どうして華々しいのに,どこか儚さを感じてしまうのでしょうか? 

さて,花より団子でもないですが有名な堂島ロールじゃなくて……

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北新地ロールなるものを発見しました!
まんなかの生クリームの部分には赤いストロベリージャムでしょうか?
ハートを形どってあって,いかにも新地らしいアイデアだと感心し,ついついパブロフの犬と化してしまったのでありました。

とまれ,やはり,北新地の歴史を語る上で一番大切ともいえる物語とは……

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曽根崎心中であります。もちろん文化銘板でも紹介されていますが,写真ではやや説明等わかりづらいので……

http://www.kita-shinchi.org/new/bunkameiban14.html

北新地社交料飲協会のウェブサイトでご確認ください。

それにしても,この文化銘板,英語でも説明文がありますので,日本の文化に興味がある海外からの観光客や日本に在住する方が来られても,ある意味,真の「大阪流アーバンツーリズム」が楽しめるはずです。

そして大阪を何気なく訪れた方にとっても,近代的なビルの狭間から,この街で生きてきた人々の人間模様を感じとれるかもしれません。そんな「人間臭さ」が魅力的でもある北新地でした。

(余談)
アメリカのクリントン元大統領が北新地をお気に入りとの話を,何かのテレビ番組で見たことがあります。

2013/01/18

アーバンツーリズムと曽根崎心中:大坂三十三観音巡礼(最終回/天王寺~心斎橋・本町)

※はじめてお越しの方へ。

はじめからお読みになられる場合は…
大坂三十三観音を歩いて大阪の街を再発見:その序章。
大坂三十三観音巡礼記その1
大坂三十三観音巡礼記その2
大坂三十三観音巡礼記その3
大坂三十三観音巡礼記その4
をクリックして順次お読みください。

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大通りをはさんで国立文楽劇場の前にあった古本屋。
「本より散歩」「本より昼めし」「本より恋愛」「本より映画」
という大阪っぽいパラドックスめいたコピーが新鮮でした。

さてさて,8月末に歩いた大坂三十三観音巡礼記録も今回が最後です。
写真をまじえながら歩いた軌跡を綴ります。

今までどおり,最後に曾根崎心中の原文と現代語訳をつけますが,
曾根崎心中で描かれた大坂三十三観音巡礼の最後の一文を,
勝手な現代語訳で恐縮ですが最初に紹介しておきます。

「観音様は一切衆生(私たち人間)を助けようと,
 この世に,三十三もの姿を変えては現れ,
 色気で人間の心を導き,情で人間に教え,
 恋を菩提の架け橋にして,美しいあの世(浄土)へ渡して助けてくださいます。
 遊女のお初は,さながら,観音の化身なのでしょうか?
 観音様の誓いは尊くも有り難いものです。」

第二十番~第三十三番まで。
四天王寺から心斎橋を経由して,最後に本町周辺で満願です。

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まずは四天王寺から。

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じつはこの五重塔をはじめて近くで見ました。
この五重塔や一部の仏閣を見る時だけ拝観料300円が必要です。

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四天王寺は新西国観音霊場の一番札所でもあり,
門前には巡礼に必要なものが一通り揃えることができます。
とまれ,今も昔も大坂三十三観音巡礼においては,
白装束で歩いた人は極めて稀だったのではないでしょうか?

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天王寺界隈にもある「清水寺(第二十五番)」へ行くルートに「だんじり」を作る会社がありました。

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谷町筋と松屋町筋の間には風情のある坂がたくさんあります。

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二十五番札所・清水寺。
通天閣を臨むだけでなく,いにしえの大坂の街を網膜の奥で描き出したくなる絶景です。

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第二十六番・心光寺,第二十七番・大覚寺,第二十八番・大覚寺。
このエリアは古い石標が多く,ふと巡礼者の足音を感じました。

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第二十九番・大覚寺。
天王寺高校発祥の地とありました。

さてさて,残すは,あと4カ所。
この時点で500MLのペットボトルを4、5本ぐらい消費。
でも,そのあかげで熱中症にはなりませんでした(※2010年8月)。

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次の札所である三津寺までは少々距離がありますが,
国立文楽劇場の前を大坂三十三観音巡礼で通るなんて,
奇遇といったらいいのでしょうか?

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ようやく難波・千日前に着くと,
なぜか人混みの中へ入っていきたくなりました。
さてさて,寄り道っぽくなってしまいましたが……

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御堂筋沿いにある第三十番・三津寺。
人通りの多い繁華街の中でも,
こうして巡礼で訪れると,なんだか心が落ち着くから不思議。

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第三十一番・大福院があったと思われる場所。
大阪だけでなく京都でも,歴史的な文献で書かれている場所の多くが,
コンビニやチェーン店のテナントだったりします。

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午後三時ごろに第三十二番・難波稲荷神社に到着。
小洒落た南船場のブティックがあるエリアを,
首にタオル,手にペットボトルと,頭に日本手ぬぐいをまとう,
怪しい男となった一日でした。苦笑。

そしていよいよ,最後の第三十三番・御霊神社に着くと……

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なんと文楽座跡でもあることを知りました。

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ここで大坂三十三観音の満願!!
自然と頭が垂れました。
そして神主さんからも労をねぎらう優しい言葉もいただきました!!

こうして大坂三十三観音を巡礼することで,
「曾根崎心中」を身体で読むことができ,
近松門左衛門の描写力の凄さを感じることもでき,
いろんな大阪の顔に出逢えました。

曽根崎心中を読んだり関心がある方でしたら,
きっと「けっこうしんどいけど楽しめる」大阪の奥深いアーバンツーリズムとして,
大坂三十三観音巡礼をオススメします。

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最後に四天王寺から御霊神社までの「曾根崎心中」の該当部分を,
現代語訳と原文と両方,以下に紹介します。

slateマークの部分 .... 近松門左衛門の原文です。
clubマークの部分 .... 私が勝手に現代語に翻訳・要約したりしたものです。

club私の勝手な曾根崎心中の現代訳

「はやくも天王寺にきました。
 まず六時堂,次に7000以上もの経典が納められている経堂を巡拝しました。
 今はお経を読む酉の時刻(夕方)ということもあり,
 カップルが待つ宵や朝の朝の別れについては他人事と思えど,
 聴くと辛い鐘の音が「こんこん」と響く金堂,そして講堂と巡拝しました。
 萬燈院(まんとういん)には,光り輝く蝋燭(ろうそく)がともされていました。

 新清水(清水寺)に着くと,しばしの休憩。
 (西行法師の古い歌を偲ばせる)逢坂の関の清水を汲み上げて,
 両手ですくって口をすすぎ,煩悩(ぼんのう)を起こす酒の酔いをさましました。
 
 木々の下を吹く風が涼しく右の袖から左の袖へと通り抜けます。
 通りのよい煙管(キセル)にくゆらせる煙も道中の癒しになって熱く感じません。
 その煙を吹き出すと乱れて空に消え,行方も知れません。
 タバコの別名である相思い草も,恋人を思うよすがとなりました。
 そうして寄り道をしている間に,陽が傾いて,
 先を急ごうとしていると,雨雲が広がってきました。

 時雨の松の下で雨宿りをしようと,下寺町へ回り,
 信心の心で深く心光寺をお参りし,
 いまだ悟りのない身さえも大いに悟ることができる大覚寺をお参りしました。
 さらに金台寺そして大蓮寺と巡拝すると,

 いよいよ第三十番の三津寺に着きました。
 この寺の大慈大悲に願いを込めて,
 仏の御手にかけられた五色の糸にすがって白髪町の大福院へ。
 黒髪は恋に乱れるものですから,その妄執の夢を醒まそうと,
 夢を食べるという獏(ばく)の名に通じる博労町まで辿り着きました。
 この稲荷は,仏は水,神は波の関係を示す標しとして,
 屋根を並べて観音堂そして新御霊社があり, 
 ついに新御霊社(御霊神社)で最後の観音様を拝み終えました。
 
 その観音様は一切衆生(私たち人間)を助けようと,
 この世に,三十三もの姿を変えては現れ,
 色気で人間の心を導き,情で人間に教え,
 恋を菩提の架け橋にして,美しいあの世(浄土)へ渡して助けてくださいます。
 遊女のお初は,さながら,観音の化身なのでしょうか?
 観音様の誓いは尊くも有り難いものです。」

slate近松門左衛門の原文

「はや天王寺に六時堂、七千余巻の経堂に、経読む鳥のときぞとて。
 よその待宵きぬぎぬも、思はで辛き鐘の声。こん。
 金堂に講堂や萬燈院に灯す火は。
 影も輝く蝋燭(ろうそく)のしん清水にしばしとて。やがて休らふ。
 逢坂の関の清水を汲みあげつ。手にむすびあげ口すすぎ、無明の酒の酔ひさます。
 木々の下風。ひやひやと右の袖口左の袖へ。通る煙管にくゆる火も。
 道の慰み熱からず吹きて乱るる薄煙。空に消えては是も又。行方も知らぬ。
 相思草。人忍ぶ草。道草に、日も傾きぬ急がんと又立出る雲の足。
 
 時雨の松のした寺町に、信心深き心光寺。悟らぬ身さへ大覚寺。
 さて金台寺大蓮寺。めぐりめぐりて是ぞはや。
 三十番に。みつ寺の大慈大悲を頼みにて。かくる仏の御手の糸。
 白髪町とよ黒髪は恋に乱るる妄執の。
 夢を覚さん博労の、ここも稲荷の神社仏神水波のしるしとて、
 甍並べし新御霊に、拝みおさまるさしも草。
 草のはす花世にまじり、三十三に御身をかえ色で。導き情で教へ、恋を菩提の橋となし、渡して救ふ觀世音。誓ひは妙(たへ)に有難し。」

大坂三十三観音巡礼記おわり

毎日スープのブレンド材料を表示するラーメン店:鶴はし(京都・一乗寺)

京都市の北東部に位置する一乗寺はラーメン店の大激戦地区。そのなかで「鶴はし」さんは,フレンチシェフのノウハウをラーメンに盛り込み,化学調味料は一切使わず,しかもレアな「鴨ベース」のスープが魅力です。

そして,入口で目を引くのは……

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寸胴のなかにあるスープの原材料を表示した「本日のスープ」のボード。一時期やめておられましたが,最近,復活しました。毎日,ブレンドの構成が異なるので,味わいも日ごと微妙に異なり,食事のたびに楽しみです。なので,ご主人も,お客さんの注文ごとに,カエシとスープの案配をチェックしてからお客さんに運ばれます。

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写真は一番スタンダードなラーメンです。表面に浮かんでいるのは背脂ではなく,鴨の脂。高タンパク低カロリーらしく,おまけに,見た目よりもドロドロしていません。「鴨がネギをしょってくる」とは言い得て妙で,青ネギとの相性は抜群。しかも,ネギは標準で大盛り状態です。

この日のスープは三種のネギが使われていて,鴨ベーススープ独特なほのかな甘さを更に引き立てつつも,サッパリした味わいを感じさせてくれ,個人的には好みでした。

さらに,丼の底部には,隠し味ともいえる,炒めたニンニクと背脂の塩漬けが入っていて,さまざまな味わいが二層,三層と展開する,一見するとオーソドックスな「中華そば」なれど,味わいは「鶴はし」にしかない,オリジナリティーに溢れています。

時折,ご主人のご子息さんもラーメンの調理をされますが,年齢からは想像もつかないぐらい,丁寧な味わいの調整ぶりです。下準備から親子の絆を感じさせてくれます。

一乗寺界隈では,昼間も営業していて,良い意味で行列待ちがなく,気分的に落ち着いてラーメンを味わうことができます。スープはドロドロとしたスープが多い一乗寺界隈ではサッパリ系と言えますが,スープの後半になると,隠し味効果で西洋的なテイストも味わえるので,味わいそのものは淡白ではありません。

ちなみにスペイン人の友人(女性)を連れて行ったところ「デリシャス!今まで食べたラーメンのなかで一番」と喜んでいました。

2013/01/14

大阪のモダン感覚と近松門左衛門の墓と夏空:大阪三十三観音巡礼記(玉造~谷町)/その4。

※はじめてお越しの方へ。

はじめからお読みになられる場合は…
大坂三十三観音を歩いて大阪の街を再発見:その序章。
大坂三十三観音巡礼記その1
大坂三十三観音巡礼記その2
大坂三十三観音巡礼記その3
をクリックして順次お読みください。

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これまで最初に『曾根崎心中』の原文と現代語訳を紹介していましたが,
それでは学校の授業みたいと思うようになったので,
ここからは写真を中心に大坂三十三観音と,
その周辺で気になった場所を紹介して,
最後に『曾根崎心中』の原文と現代語訳を紹介します。

今回は玉造~上町~谷町筋と,大阪市内でも比較的静かなエリアです。
大坂三十三観音でなくても,歩いていて,いろんな風情を感じます。

今も昔も,思うことは同じなのだと思わせられる光景にいっぱい出会いました。

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8月29日9時過ぎの天満橋。
ここから玉造までが歩いて見ると,やっぱり遠くて,
汗が「玉」のように吹き出てきました。
(↑曾根崎心中の観音めぐりでも,そう書いてあります)

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「汗の玉」をタオルでぬぐいつつ着いたのが「玉造」稲荷(第十番)。
明治維新時の廃仏毀釈(神仏分離令)により観音像はありません。

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第十一番の興徳寺。
このあたり,曾根崎心中が書かれた時代には,
四方八方の景色がキレイで海だけでなく淡路島も見えたようです。
今はその風情もありませんが,
ヨーロッパで大人気のニシキ鯉が泳いでいる寺があったりして,
外国からのお客さんと歩いたら喜んでもらえるのでは?と思えるエリア。

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慶伝寺(第十二番)と長安寺(第十四番)。
日曜ということもあってか,このあたりは本当に静かで,
昔は景色がよく四方八方をくまなく見渡せたことが容易に想像できます。

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誓安寺(第十五番)。ここでもニシキ鯉が泳いでいました。

それにしても,大阪の寺って,仏教の僧侶が本職なのか?副職なのか?
寺の建て方を見ていて大いに疑問がわいたりもしました。

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マンションの一部が門となっている寺。

さてさて『曾根崎心中』に書いてあるとおり,
上本町~谷町筋は坂道が多い! 
私も熱中症を避けるため,ここらへんを歩いている時から,
ペットボトルを買っては飲み,買っては飲みを繰り返しはじめました。
 
そんななか発見した珍風景とは……

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道の真ん中に鎮座する神社。
寺は都市計画や地上げ等で本当に多く移転していたりしますが,
神社の神の祟りを恐れてか,こうして残されるケースが多いですね。
ここを通ると谷町筋があらわれますが,

じつは近松門左衛門の墓は谷町筋にあります。
しかしながら,実際に見て見るとその風情にビックリ!

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近松門左衛門の墓。
なんと大阪市が所有する施設の奥に,スシ詰めのようにあった墓!
このあたりにかつて寺が存在し、そこにあった生前墓という説があります。
ちなみに本当の墓は尼崎にある広済寺にあります。

さらには佐賀県の近松寺にも近松門左衛門の墓があるそうですが,
その寺は,なんと隠れクリスチャンの寺だったというのですから,
いろいろと興味やイマジネーションがわいてきます。

ここから少し後戻りするようにして谷町六丁目駅方面へ歩き,
江戸時代に藤棚(第十六番)があったとされる観音坂へ。
谷町界隈というと風情のある小さな坂がたくさんありますが、
谷町筋側からは、どこが観音坂なのかわかりません。
そこで歩いているオバサンに訊ねてみると,
「この坂のこととちゃうか。」
と教えてもらい小さな坂を下ると……

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「観音坂」という石碑がありました!
このあたりに藤棚と観音堂,そして6軒の女郎屋があったそうです。
ちなみに一つ前の写真の両サイドにあったお店は
朝だったので開店していませんでしたが……

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じつは,こんなセンスのいい手作りの帽子屋さんや,雑貨屋さんがあります。
ミナミやキタの繁華街にはない,静かでやさしい世界。

ちなみに『曾根崎心中』のなかで描かれた観音坂付近を歩くお初の姿として,
こんな一文があります。

 「このあたりは歩き慣れないし行き慣れないので,
  着物が乱れて,ああ恥ずかしい。」


家族の苦境で遊女になったお初とはいえ,
そういった恥じらいがあるのは奥ゆかしい。
今の時代だったら,下着でもなんでも見られて恥ずかしくないのか?
なんて思うような時代ですから。

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そして谷町筋をどんどん南へ歩くと空堀の商店街と出会います。
とまれ,この日は巡礼に集中していたので,次に行った札所は……

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第十七番・重願寺の跡。
このあたりスクールゾーンとラブホテル街が同居していて,
いろんな意味で大阪の風情なのでしょうね?!

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第十八番・本誓寺。

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第十九番・菩提寺。
それにしても大阪市内では寺のまわりにラブホテルや風俗店の多いこと!

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偶然見かけた大衆演劇のポスターをあとにして四天王寺へと向かいました。

(※最終回に続く)

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近松門左衛門の原文と勝手な現代語訳

★大坂三十三観音めぐり☆第十番~第十九番★


slateマークの部分 .... 近松門左衛門の原文です。
clubマークの部分 .... 私が勝手に現代語に翻訳・要約したりしたものです。
eyeマークの部分 .... 私の勝手なコメントです。


slate近松門左衛門の原文

「そなたにめぐる夕立(ゆうだち)の雲の羽衣(はごろも)。
 蝉の羽。の、薄き手拭(てのご)ひ。
 暑き日に。貫く汗の玉造。稲荷の宮に迷ふとの。
 闇はことわり御仏も。衆生のための親なれば。
 こぞをばせの興徳寺。
 四方(よも)に眺めの果しなく西に舟路の海深く。波の淡路に消えずも通ふ。
 沖の潮風。身に染む鴎(かもめ)。汝(なれ)も無常の煙にむせぶ。
 色に焦れて死なうなら。しんぞ此身はなり次第。
 さて。げに好いけいでん寺。
 縁に引かれて。またいつか。ここに高津の遍妙院。
 菩提の種や上寺町の。長安寺より誓安寺。

 上りやすなやすな下りやちよこちよこ、上りつ下(お)りつ谷町筋を、
 歩みならはず行きならはねば。
 所体くづほれア、はずかしの、
 もりても裳裾(もすそ)がはらはらはら、はつと返るをうちかき合せ、ゆるみし帯を引き締め。引き締め。
 締めてまつはれ藤の棚。
 十七番に重願寺。
 これからいくつ生玉(いくだま)の、本誓寺ぞと伏し拝む。
 珠數に繋がん菩提寺や。」

club私の勝手な現代訳

「(天満の札所を全て回り)振り向いて見れば,
 夕立の雲が,羽衣か蝉(せみ)の羽のようにひろがっていた。
 その羽のように薄い手ぬぐいで,
 この暑い日に肌を貫くように浮かぶ汗の玉をぬぐいながら,
 第十番目の玉造稲荷神社の観音様を拝みました。
 この稲荷の夏祭りは闇の中で行われるので,人々は道に迷うそうです。
 子を思う親は子を思うがゆえに心の闇に迷いますが,
 仏様も衆生を思う親なればこそ,迷うことも迷うことも当然あることでしょう。

 さて,ここはもう小橋にある第十一番の興徳寺です。
 みわたす限り四方の眺めがはてしなく広がっていて,
 西を見れば船の航路が深い海に波を泡立たせ,
 その先に見える淡路島へ,沖の潮風に身を浸しながら,
 カモメが絶えず飛んでいる。
 カモメよ,お前も火葬場の無常の煙にむせていることだろう。 
 でも,恋に焦がれて死ぬのなら,
 その身を思いにまかせてもいいのではないでしょうか。

 さて,次はとても良い景色の慶伝寺(第十二番目)です。
 緑に誘われて,また足を運びたい高津の遍妙院(第十三番目)。
 そして菩提の種を植えたい,上寺町の長安寺(第十四番目)から誓安寺(第十五番目)。

 上りの坂はゆったりと歩き,下り坂はチョコチョコと小走りで,
 上ったり下ったりしながら谷町筋を歩きます。
 このあたりは歩き慣れないし行き慣れないので,着物が乱れて,ああ恥ずかしい。
 ふくらはぎが漏れて(見えて),着物の裾がはらはら。
 ハッと風に返るのを掻き合わせて,ゆるんだ帯を引き締めては引き締め,
 「締めてまつわれ」といえば藤にゆかりのある藤棚(第十六番)の観音様をお参りしました。

 十七番の札所は重願寺。
 その後,あといくつの札所(と人生)があるのかなと,
 数えながら生玉(いくだま)の本誓寺(十八番)はここと,伏して拝みました。
 そして菩提樹の実なら数珠につなぎたいと思いながら菩提寺(十九番)をあとにします。」



2013/01/13

痛くない社会づくり「ベーシックインカム」:『働かざるもの、飢えるべからず。』

Dscn1623『働かざるもの、飢えるべからず。 ベーシック・インカムと社会相続で作り出す「痛くない社会」』

小飼弾著/サンガ/2009年


まず,ベーシックインカムのことを全く知らない方のために,wikipediaによる説明を一部ひいてみます。

ベーシックインカム (basic income) は最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想。基礎所得保障、基本所得保障、国民配当とも、また頭文字をとってBIともいう。フィリップ・ヴァン・パレースが代表的な提唱者であり、弁護者である。しかし少なくとも18世紀末に社会思想家のトマス・ペインが主張していたとされ、1970年代のヨーロッパで議論がはじまっており、2000年代になってからは新自由主義者を中心として、世界と日本でも話題にのぼるようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ベーシックインカム

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これまでインターネットの記事や動画配信で,たびたび目に耳にしてきた「ベーシックインカム」。ただ、これまでベーシックインカムにかんする書籍は一度も読んだことがなかったものの、「私のようなプログラマーが多くの人から仕事を奪った」と以前にインターネット放送で発言していた小飼氏の著作ということと、「IT業界の慈悲心とはいかなるものか?」という好奇心もあり、手に取り読了。

まず、この本を読む上で大事なポイントは、「ベーシックインカム」という社会政策の利害得失を知る事はもちろんのこと、本書で展開される子飼氏が持っている生命倫理観や所有の概念は、たぶんに仏教的であるということでしょうか。

■人間は、なにも作ってない

「第1章 なぜいま、貧困があるのか」では、いきなり「人間は、なにも作ってない」という前提からはじまります。これは神が人間を創造し、人間に自然の支配者としての地位を与えたキリスト教の考えとは、真っ向から対峙します。根源をつきつめてきけば、「人は生きていくのに必要なものをいっさい作っていません。作るのはあくまで植物であり、環境であり、自然であって、人はその上前をかすめているだけ」という。自然を人間の上位にもってくるのは、仏教のみならず東洋的な思考ともいうべきか。

そういえば、よく「この世のものは全部借り物。死んであの世にもっていけない」という言葉を、かつて老人からたびたび聞かされて久しい。聖徳太子の言葉とされる「世間虚仮、唯仏是真」(世間はむなしく仮のものであり、ただ仏のみが真理である)という教えがまさしく老人達がいうところであるが、「唯仏是真」という部分については、他の書籍等に譲るとして……

「痛くない社会」を作っていくためには最大の「煩悩(欲)の素」ともいえる「カネ」を、どう人間と社会が扱うべきなのか?

■「より良いものを、より安く」という呪縛

小飼氏によれば「より良いものを、より安く」という「みんなの総意」が、ますます冨を一極集中させてしまっているのだという。消費する場が、地元の商店街からショッピングセンターへ、あげくの果てには、ショッピングセンターからアマゾン(他にも楽天などもあるが)といったインターネット販売へと変遷しているのは、その証左。これでは、ますますカネが回らなくなってしまいます。

余談ですが、深刻な経済危機に陥っているギリシャでは高級車ポルシェの所有所有台数が一番多いとも言われています。なんでも、経済が困窮状態なら、カネで持ってるよりもポルシェを持っとけと、実に楽観的な考えでローンを組む人も多いとか。見事なまでの「煩悩(欲)の花満開」といったところですが……

ギリシャと正反対ともいえるのが日本の社会および人間。年収200万円以下の低所得者だけでなく、年収1000万円クラスの家庭でも、低価格の代名詞といもいえるユニクロで買物し、せっせとカネを貯めこんでいる人は少なくないのではないでしょうか?

しかし、です。どこまで使えるかわからないポルシェを買うためにローンを組むのも「煩悩(欲)」であるならば、自分のためだけでなく家族のためとはいえ「出費を節約してカネを貯める」ことも、これはこれで立派な「煩悩(欲)」です。

■安物買いの銭失い

節約した人がカネを貯めこんだために「カネが社会に回らず」貧乏になる人が必ずいる。その成れの果てに近いのが、今の日本。ここまでデフレが進展してしまったのも、そのじつ、小飼氏の言う「より良いものを、より安く」から「より安く」のみが一人歩きして、「安く買えるのはいいことだ」と心に言い聞かせる事で、ますます「安物買いの銭失い」になってしまっています。

ここで私がいうところの「安物買いの銭失い」とは、「 安物はものが悪く長持ちがしないから買い直したりしていると、かえって高くつく」という本来の意味のほかに、「ものが安くなればなるほど、ものを作る人やものを売る人の所得が減るだけでなく、もののコストを下げるために会社が大規模な合理化やリストラをすることで失業者が増える」ということも意味しています。

まるで、エサがなくなったタコが、自分の足をエサがわりに食べてしまうようなものです。

さて、話を『働かざるもの、飢えるべからず。』に戻しましょう。

■一生懸命になれることを見つけて人と分かち合う

ここまでけっこうな紙幅を割きましたので、多くのことを割愛してしまいますが、では、一極集中した冨を社会に還流するにはいかなる方法があるのか?

一つの方法として、小飼氏はカネをはじめとする財産を所有する人が亡くなったとき、その相続税を100%としてベーシックインカム公社集めて個人に再配分するという、じつに大胆な提案をしています。なんでも、年間110万人の方々が亡くなられますが、現在では約80兆円、2020年には109兆円になると見込まれるようです。これらの相続人を国民全員とした場合、一人当たり年間64万円。月あたりに換算すると約5万円となり、おおよそベーシックインカムの相当額となります。

次に、問題となるのは「仕事」についてですが、ここはプログラマーらしい発想といえばいいでしょうか。たとえニートであっても「ベーシックインカムで食うに困らない環境で、無我夢中になれることを見いだせばいい。それがときには仕事として実を結んだり、いろんな人に分け与えてられる」という考え方です。紋切り型の「就職して汗水垂らして働いてカネを稼げ」という考え方とは180度異なります。

ちなみに優秀なプログラマーや事業家に「もしなりたい」とすれば「時の運」や「才能」に左右されることもありますが、小飼氏は、働く人(努力して成功する人)がいる一方で働けない人(努力が報われない)もいないと、今後の日本の労働環境では人間が社会で共生することが難しいと説いています。一人ひとりが努力して勤勉に働けば働くほど、さまざまな能力の人達でワークシェアリングをすることが難しい昨今です。

極端な言い方をすれば、成熟した消費社会には、人と人の絆や喜びや生き甲斐や生活の糧を分け与えられる、上手な消費専門家がいてもいいといったところでしょうか?!

■今日は人の上、明日は我が身の上。努力が報われるとは限らない

ここまで、読んだ本のレビューとしては著者が言いたいことの本質からかけ離れてしまっているかもしれませんが、ベーシックインカムを採用することは、そのじつ、個々のカネの使い道については「本人の自由」という一方で、使い方に失敗すれば「自己責任」を問われかねません。

「所有」から「利用」へ。カネのみならず全てのことで、特に日本では考える必要があるテーマかと思いますが、未来への不安ばかり募らせる日本および日本で生きる人々なので、ベーシックインカムを導入する場合に避けて通れないのは、いかにして「相互扶助」を、(昔のように)取り戻す!ではなくて、ごくごくふつうに浸透させるかにあります。

しかしながら、これだけ物質的に恵まれていながら、幸福度が低く、未来への不安をいっぱい抱えてしまう日本の社会と人々。小金持ちはますます貯蓄に精を出すことで、ひとまず安心してしまいます。そんな現実を鑑みながら話を進めましょう。

基本的に老若男女一律に支給されるベーシックインカムの使いみちは自由なので、従来の「社会保障」とは異なります。また生活保護も年金といった社会保障も、全てベーシックインカムで一元化されるという考え方が主流です。なので、もしベーシックインカムが導入されれば、手続きが簡略化されるかわりに、これまでならカテゴリー別に受給できた様々な社会保障の枠が撤廃されるので、ベーシックインカム導入後、手にするカネが少なくなる人が増えるかもしれません。そのいっぽうで、ベーシックインカムという「言葉」を与えられただけでも、その用途や人間そのものの生き方、さらにはカネの価値について議論するきっかけにもなることでしょう。

なにせ「働かなくてもカネがもらえる」わけですから、カネの概念が大きく転換する可能性も考えられます。

とまれ、この日本で生きている限り、ソフト面・ハード面いずれにしても、社会的なインフラを、いかにして利用するかということも重大なテーマです。『働かざるもの、飢えるべからず。』では「いちばん大きなやつに持たせてみんなで使うのがいちばん得」という項目を設けて、「公共のものは無条件であるべき」としていますが、ここでは「だれに持たせると効用が最大になるのか」という点から、民営と公営(国営)を振り分けよといった説明がなされています。

個人的には現在における「効用」のみならず「(過去~現在~未来)という時空を越えて良好に持続できる存在」であれば、現時点での効用は最大でなくても、後世に伝えていくことで生かされる事は多々あるかと思います。

その点においては、小飼氏のように「いまと100年後とどっちがいい」と問われれば「未来のほうが間違いなくいい」と100%言い切れません。が、仏教でいうところの「無所得」……何ものにもとらわれない/執着から離れた自由な境地に達するまではいかなくても、汗水垂らして稼いだカネではない最小限のベーシックインカムゆえに、多くの人がバブル期の異常さとは異なるカネ離れが、人々の心に芽生えるかもしれません。

■「節約」ではなく「節度」なくしてベーシックインカムは導入できず?!

いずれにしても、小飼氏の「イイタイコト」には、耳を傾ける点が多くありました。ただ、バブル経済を余韻があったからこそ、「所有する人」は、決して仕事や所得を「所有しない人」とシェアしようとぜず「過剰」を貯め込んできたかと思います。個人金融資産残高は2012年6月で、なんと1159兆円です! なのに貧富の差は拡大する。そして社会全体で「過剰」を貯め込んだ結果、日本は長期のデフレ経済になりました。

いっぽうで国家財政においては「財政赤字」という形で「過剰」は蓄積しています。政府の債務残高は1124兆円(2012年6月)にまでふくれあがりました。

政府の債務残高が「過剰」を脱することだけでなく、個人金融資産残高が政府の債務残高よりも上回るようにしつつも両者の「過剰」を脱しないことには、ベーシックインカムの導入は厳しいと思うのは私だけでしょうか?

2013/01/12

大阪の風情今昔/大坂三十三観音巡礼記その3:南森町〜天満橋編

※はじめてお越しの方へ。

はじめからお読みになられる場合は…
大坂三十三観音を歩いて大阪の街を再発見:その序章。
大坂三十三観音巡礼記その1
大坂三十三観音巡礼記その2
をクリックして順次お読みください。

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:: 『曾根崎心中』を読みながらの私の大坂三十三観音巡礼記です。
 今回は 第六番~第九番までですが,
 過去と現在が見事に重なるエリアで個人的に思い入れが大きいテキストです。
 ではでは進めていきます。

slateマークの部分は,近松門左衛門の原文です。

clubマークの部分は,私が勝手に現代語に翻訳・要約したりしたものです。
 
eyeマークの部分は,私の勝手なコメントです。

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★大坂三十三観音めぐり☆第六番~第九番★

slate近松門左衛門の原文

「東はいかに。
 大鏡寺草の若芽も春過ぎて、
 遲れ咲きなる菜種(なたね)や芥子(けし)の。露にやつるる夏の虫。
 おのが妻恋ひ。やさしや すしや。あちへ飛びつれ。こちへ飛つれ。
 あちやこち風ひたひたひた。
 羽と羽とを袷(あわせ)の袖(そで)、
 染めた模様を花かとて、
 肩にとまればおのづから、
 紋(もん)に揚羽(あげは)の超泉寺。
 さて善道寺 栗東寺。天満の札所残りなく。」

club私の勝手な現代語への翻訳・要約

「さて,東へと観音巡礼の道を進めて六番目の大鏡寺に着きました。
 草が若芽を出す春も終わり,
 遅れ咲いた菜種(なたね)や芥子(けし)の露を身に受けて,
 やつれた夏の虫である蝶々が自分の妻を恋う姿を見ると,
 「やさしさ」と「いきがってる」様子を感じます。
 その夫婦の蝶々が,あっちに飛び,こっちに飛び,風になびきながら,
 ひたひたと羽と羽を合わせて,
 袷(おわせ)着物の袖に染めてあった模様を本当の花と見違えて肩に止まると,
 自然と揚羽(蝶/ちょう)の紋となりました。
 七番目の超泉寺(ちょうせんじ),
 そして八番目の善道寺,九番目の栗東寺と,
 あますところなく天満の札所を回りました。」

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↑お初天神で大量に奉納された札は恋愛がらみが大半!!
 ハングル語や中国語で書かれた札も見かけます。

:: このエリアは天神橋筋商店街と交差する寺町通りです。
 一直線に観音巡礼が第六番から第九番まで続きます。
 残念ながら,このエリアも太平洋戦争末期の本土空襲でアメリカ軍によって爆破され,古い寺は一つもありませんが,近松の時代と今の時代がつながるような,まさに奇遇とも言える光景に遭遇しました。
 ここからは各札所ごとに写真で追っていきます。

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↑六番目の大鏡寺があったとされるエリアは,なんと今は花屋さん!!!!

近松のテキストでは,この寺を巡礼したあたりから,夫婦の蝶々が,花柄の女性着物の絵を本物の花と間違って女性の肩に止まった,と綴っていますが,まさか,戦争でなくなった寺の跡に花屋があるなんて!そこで蝶(ちょう)にかけた超(ちょう)泉寺はというと……

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↑今はその名残りもなく,マージャン荘があるといったところでしょうか?!
 余談ですが,私,近松門左衛門の,このエリアを紹介するテキストにあやかり……

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↑揚羽蝶(あげはちょう)ではありませんが,蔓結び蝶(つるむすびちょう)の紋を入れた黒紋付を誂えました!! 着る機会はほとんどありませんが。

さらに八番札所〜九番札所と続きます。

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↑八番札所の善道寺。

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↑九番札所の栗東寺はモダンなビル風の寺でした。

:: このあたりで時計を見ると午前9時頃。
 そろそろ暑さを肌で感じる時間帯になってきました。

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ここまでは近松門左衛門が生きた時代の風情なんて写真では全く感じないかもしれませんが,十番札所以降は少しずつ,そんな風情も登場します。

とまれ,何より,この大坂三十三観音巡礼は,曾根崎心中という作品を通して,そのテキストの素晴らしさを感じながら歩き続けて,昔と今の大阪を知る一日旅ではないでしょうか。

2013/01/10

身近な日本文化体験「私は日本人になる」:Kelly Osbourne / Turning to Japanese

2909688_1228196544_136large_3とある日,ふと目に入って購入した「私は日本人になる:Turning to Japanese」というDVD。 vol.1とvol.2があって,今日は一つ目のDVDを紹介します。

元Black Sabbathのボーカリストであるオジー・オブボーンの娘が,イギリスのテレビ番組の企画で来日し,メイド喫茶,ラブホテル従業員,コスプレイヤーとしてイベント参加,尼僧,人形供養,芸者 ...etc, 短期間で日本人ですらほとんど体験できない「日本の文化」にチャレンジしていました。

批評めいたことは極力へらしつつ, コンテンツに従って紹介してみましょう。
著作権上の関係で,映像は掲載できませんので,ケリーらのコメントを一部抜粋してみます。

●まず初日は「メイド喫茶」でメイドに挑戦!

「かの女は一言も話せないからつまらない」(客)
「大きな言葉の壁があるから楽しめないし…ワタシにはなんだか性的な行為に感じた。妙にエロっぽいというか」(ケリー)

いくら父上が奇行で有名なミュージシャンとはいえ,意外にもマジメな発言が続きます。

ケリーの推論の正否はさておき,醒めた目で現代の日本の風景を見ると,本当に「過剰に性的」というか「エロっぽい」と,海外から来た人から思われてもムリはありません。

たとえばプリクラのブース。

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これ,日本に住んでる人が見たら普通の光景かもしれませんが,海外から来て突然これを見たら売春の部屋と勘違いする人は少なくないと思われます。実際,そんな発言をした西洋人系の女性もいました。
そのぐらい日本の大衆文化は「目に見えて性的なものに寛容」です。

ちなみにオズボーン一家は,税金の滞納のため家等の財産を差し押さえられましたけど,その後はどうなったのでしょうか?

●そんな余談はさておき,私とケリーの共通点ならではの印象深かった体験(剣術の儀式)。

「ワタシは左利きだけど右利き文化だし」(ケリー)

左利きであるために,右利き中心の作法に苦しむケリー! いやはや!右利き社会というのは,日本もケリーの母国であるイギリスも一緒だけど。

ある意味,文明化や高度な産業社会化が右利きであることを加速化させた部分も多いが… ここでの議論は割愛します。

●驚く事にラブホテルの受付と掃除も体験。

彼女がどう思ったのか想像がつくと思われますが…

「もう二度とラブホには行きたくない」

●さらにはコスプレイヤーとしてイベントに参加するものの…

「上目づかいで無邪気な顔は変だわ」
「ひざをついて足を開いた姿を撮るって……漫画を題材にしたポルノ映画で役を演じている気分」

男性のカメラオタクにセクシーなポーズを要求されて,とてもナーバスになった,奇行ミュージシャンの娘!

とまれ,今,こういうのが「cool japan」とか「japan cool」の中核ですね。 こういうと語弊があるかもしれませんが,日本って,善かれ悪しかれ,じつは性的な表現に寛容な国なのかもしれません。

:: このあと,ゲーセンや尼僧体験もありましたが割愛して…

●一巻目の最後は「人形供養」体験。

ケリー・オズボーンも,安物の人形(笑)をむりやりクシャクシャにして供養します。 ちなみに,日本における人形供養では,古くは安産や子授け,子のすこやかな成長を子の身代わりとして奉納し供養することが多かったですが,他にも,家族の健康や幸福,大事に(反対に要らなくなった)人形への感謝やご恩を感じながら供養するという意味合いもあります。

「この国は変なことが多いけどだから面白い」(ケリー)
「人形を焼くなんて邪悪でいいわ」
「日本には性的に行き過ぎた変態チックな面もある……でもこの供養で気づいたの。献身的で情け深く親切な人達でもある」(ケリー)

ようやく日本人ですら忘れてしまいそうな,庶民の「愛でる(愛でた)事や物へ慈しむ心」をイギリスITVが紹介してくれました。 要らなきゃ粗大ゴミに出したり,リサイクルやネットオークションに出すのとも,また意味が違いますからね。

思うに,欧米系の人たちって, こういう日本の厳かで「静寂さ」のある文化に感激してくれますね。

今時の日本のメディアは,こういったことを若い世代に伝えようとはしないので,イギリス人女性にイギリスのメディアがコンテンツに組み込んでいたのは,ある意味,日本の見えざる文化的な側面を再認識する,イメージとしてはポップな企画だけど,良い機会でもありました。


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