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2010/09/08

「大坂三十三観音記」その1:梅田〜お初天神

★はじめに★

この巡礼記は私が歩いた「大坂三十三観音の巡礼」を,
近松門左衛門の作品「曾根崎心中」のテキストに沿いながら紹介します。
全て歩くと20kmぐらいだそうです。ハーフマラソンぐらいの長さですね。

さて,この大坂三十三観音巡礼記を読んでもらう前に,
ちょっとした説明を。

slateマークの部分は,近松門左衛門の原文。
 今の日本語と違うので読むのが面倒な方は途中から飛ばしてください。
 ひらがなを多めに文字を入力しています。
 とまれ,この原文,とても素晴らしい美文&名文です。

clubマークの部分は,私が勝手に現代語に翻訳・要約したりしたものです。
 ここを読めば,だいたい大坂三十三観音巡礼がわかっていただけます。
  
eyeマークの部分は,私の勝手なコメントです。

ちなみに,今回は『曾根崎心中』のはじめの部分「お初登場」を紹介します 。

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↑朝のお初天神通り。

★お初登場★

slate近松門左衛門の原文

「げにや安楽世界より、今この娑婆に示現して。
 われらがための観世音、仰ぐも高し高き屋に。
 登りて民の賑ひを。契りおきてし難波津や。」

club私の勝手な現代文(翻訳)

「いやはや,極楽である仏の国から,
 この人間界に姿をあらわして,私たちを助けてくださる観音さま。
 その慈悲の心は私たち人間が見上げれば見上げるほど高くて尊い。
 見上げるほど高いといえば,昔むかし,仁徳天皇が背の高い御殿にのぼり,
 民衆の生活が良くなるよう和歌を詠んで約束した,ここ大阪。」

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↑大坂三十三観音巡礼をはじめる前に「お初天神」へ行きました。
 入口にはバーやネットカフェまでありました。

slate近松門左衛門の原文

「三つづつ十(とう)と三つの里。
 札所々々の霊地霊仏めぐれば。
 罪も夏の雲、暑苦しとて駕籠をはや。
 をりはの乞目(こいめ)三六(さぶろく)の、
 十八九なる顔(かほ)よ花。」

club私の勝手な現代文(翻訳)

「この大坂にある三十三の観音さまに手を合わせ,
 お札を納めて歩けば,私たちの罪や障りが消えていくという。
 夏雲のもとで「暑苦しくてイヤッ」と,
 最初の太融寺へ向かう前から観音巡礼の駕篭(かご)を降りようとしているのは,
 かわいい目つきをした,杜若(かきつばた)のように美しい
 年ごろ18,19歳のお初。」

eye「三つづつ十(とう)と三つの里」とは,
 [3×10と3つの里]=33観音巡礼の数
 [三つの里]=三津は大阪の古い呼び方
 [三津]は「難波津」「敷津」「高津」。

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↑お初天神には,恋愛成就の木札がいっぱいかけてありました。

slate近松門左衛門の原文

「今咲出しの。
 初花に、傘は着ずとも召さずとも。
 照日の神も男神。
 除けて日負けはよもあらじ。
 頼みありける巡礼道。
 西国三十三所にもむかふと。聞くぞありがたき。」

club私の勝手な現代文(翻訳)

「咲き始めたばかりで初々しい花のような美しさ。
 そんなお初なら笠(かさ)をかぶらなくても,
 太陽の神(天照大神)は男だから遠慮するだろうし,
 日焼けしてしまうことはないでしょう。
 私たちの悩みや苦しみ,願いを観じてくださる
 大坂の三十三観音様と出会う巡礼の道は,
 観音巡礼のオリジナル,あの西国三十三カ所と同じような功徳があるそうです。
 ありがたい話ですね。」
 
eye余談ですが,私が歩いた8月29日の大阪は,最高気温37度!!
 日焼け止めも全く効かず,日焼け止めの上から少し日焼けしてしまいました。
 太陽の神(天照大神)は男なので,私には遠慮なしでした。 


:: 次回は観音巡礼1番〜9番までの紹介をいたします。


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