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2008年12月

2008/12/24

大衆演劇:劇団蝶々@鈴成座1223「梅川忠兵衛(近松門左衛門:ショー)」

1031824514_68(●写真上)戸板で忠兵衛を持ち上げる梅川忠兵衛は初めて見た。
(●写真下)ラストは梅川に小刀を突き立てるシーン

☆今年最後の大衆演劇は・・・
 昼:劇団蝶々
 夜:劇団飛翔
 でした。


 劇団蝶々の芝居は「新月桂川」。
 ヤクザの義兄弟と女性をめぐる人情劇でしたが・・・
 ゲストで来ておられる役者(新導かずや)の女形を見て・・・役者陣が爆笑。
 半分,喜劇となっていました。

 芝居そのものは,ネチネチしたキッパリがなく,
 1幕ですが・・・4場(4景)だったか5場(5景)だったか・・・
 舞台セットを細かく変えて,しっかりとしたストーリー展開。
 この劇団,芝居は,なかなか大人です。

☆ショーのラストは・・・今月,劇団飛翔でも見た「梅川忠兵衛」。
 副座長・中野加津也は,今月,劇団を離れて・・・
 来年の2月,劇団鳳凰の旗揚げ公演を愛知県でするらしい。
 この日は,おそらく兄弟で最後の「梅川忠兵衛」でしょうけど,
 梅川役の中野加津也は所作も落ち着いていて,
 渋さのあるショーでした。

1031824514_183☆ちなみに,この劇団にいる葵竜也という役者の踊りは,
 バタバタせず深みがあって良かった。

2008/12/08

太平洋戦争と東條英機と左利き

12月8日は太平洋戦争の開戦日。そして東条英機と聞けば、太平洋戦争敗戦後に連合国軍に捕らえられた唯一の同盟国側の独裁者であることは、誰しもご存じのことでしょう。

その東条英機大将、ヒットラー同様自殺をはかるが見事に失敗。その理由として、彼が左ききであったことが考えられていることをご存じでしょうか。

切腹ではなく、ピストル自殺をはかったための未遂(?)であったのです。

当時としてはハンディキャップともいえる生まれつきの左ききと近眼がわざわい?してか、決してよくはなかったようです。それでも東条は、持ち前の負けん気と努力で陸軍大学校へと進みました。

『最後の万歳』と名付けられた東条英機の伝記の著者コートニー・ブラウンは、日本の独裁者の少年時代について・・・

「負けん気が強く、一度けんかをはじめると自分がどんな状況に置かれていても、降参することがなかった。」

と記しています。

さて、ピストル自殺をはかろうとしたとき、アメリカ兵が東条を捕らえようとドアをこじ開けようとしました。すると、部屋から銃声はとどろいたのです。その弾は心臓をわずかにそれたために、皮肉にもアメリカ人の血を輸血し一命はとりとめたのです。

東条婦人によれば、右利きの人の弾道とは違う角度から弾が撃たれていたということです。テニスのラケットやさまざまな道具を左手であつかっていた東条英機。彼が左手に鉄砲を持ち、左側にある心臓めがけて発砲したと想像することは難くありません。左腕を身体の左側に向けて曲げることは、さぞ難儀なことだったと思われます。

その後、彼は裁判にかけられ三途の川を渡ることとなったわけですが・・・。

身体の左側で兵器を扱うと非国民とされた、第二次世界大戦期に権力を行使した独裁者が左利きであったとは、まことに皮肉なこととでもいうべきでしょうか。
ちなみに、当時の連合国側だったイギリスのチャーチル首相は矯正された元左利きとの話がありますし、アメリカのトルーマン大統領もまた左利きでした。意外なところでの左利き列伝ですね。

クラブレフティにて・・・左利きの話題をたくさん紹介しています。

■参考文献

東條英機刊行会,上法快男編『東條英機』芙蓉書房,1874年
大路直哉『見えざる左手』三五館,1998年

2008年11月南條光貴劇団@オーエス劇場

Nanjyo01先月(2008年11月)のことですが・・・
劇場でよく見かけた小学生が役者になったことを知って・・・
今までノーマーク(失礼!)だった南條光貴劇団に
一ヶ月で四回,オーエス劇場へ通いました。

11月16日の2回目の観劇では・・・前回,お花のかわりに前売り券を3枚買ったので・・・
風邪をおして観劇。

Oiranしんどくて途中で帰ろうかと思いましたが・・・
座長も風邪で声があまりでないし・・・
それでも花魁をするというので,最後まで見ました。

この劇団,先週にも観劇したのですが・・・

南條光貴座長,立ち役も女形も・・・スッキリと品がいいです(●写真上)(●写真中)。

また南條欣也(●写真下)の剣舞も刀が美しく見えました。


Kinyaこの劇団,お出迎えも若手が元気いいし・・・
座長の口上挨拶あとの前売り券販売でも・・・
座長さんが笑顔でお客さんに挨拶されてました。


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