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2007/11/27

NOVA破産で英語を考えてみた。

★私が「英語」について思うこと。


☆まず私自身の英語

・大学へ入るために必要な英語の成績は良かったかもしれない。
 (後後は使い物にならない偏差値という点で)
・しかし「発音」にコンプレックスがあるため,
 「会話」としての英語は全く苦手である。
・イギリスに少し滞在していた頃
 かなり多くの人に「あなたの英語の発音はBad」と言われた経験を持ってしまった。^^;
・とまれ,頭が「英語受け入れモード」になると,
 英語でのメールのやりとりは全く苦にならない。
・日本国内では,日本で仕事や生活をしている英語圏の人に対して英語を使う事は,
 ほとんどない。相手が,私の話した日本語を知らない(理解できない)場合は,
 それに相当する英単語を話す程度。
・英語を話すのは,日本語ができない外国人の友人が日本に来る時ぐらい。
 ただし1、2年に一度は,一日中,英語だけの会話という日がある。
 そのため「年々英語力が低下」していることを如実に感じる。

 といっても,最近の関心は・・・英語以上に

 「自分自身の日本語の貧困さ」

 にあります。^^;

☆本当に英語は世界の共通語なのか?
 それは「世界で一番戦争が強い国の言語」だから?!
 以前,イラクを攻撃したアメリカについて,
 日本に来ていたイギリス人の友人が意見を求めてきたとき・・・
 私は,こう言いました。

「人を殺す爆弾を落とさなくても,
 英語という有益な言葉の爆弾で
 世界中の人の心を支配できるんじゃないの?!」

 気まずそうな顔ながらも
「それは当たっている」と言ってました。

 それと・・・よく
「自分の国の言語は,英語より難しい」
 と誇らしげにいう輩が・・・日本人に限らずいますけど・・・
 残念ながら「簡単で合理的な言語」のほうが,
 より世界中の人がトライしやすい道具(ツール)であるはずです。

 昔,日本でも
 「表記はローマ字で」「表記はカタカナで」
 と国際的言語としての日本語を考える人々は提唱していましたけど・・・
 世界共通語の一翼を担うことを主眼とすれば,
 かなり日本語も合理化しないと・・・
 一部の「日本文化オタク」および「日本は仕事相手」的な人が學ぶ言語であり続けるでしょう。

 ちなみに,私は,ローマ字やカタカナだけにするのがいいとは全く思っていませんが・・・

 例えば,カタカナ表記の外来語で「L」や「R」を区別できるような,
 発音記号的なマークをカタカナに採用してほしいと思っています。
 

☆もしかすると「ルー語」がうまく話せれば,
 とりあえず「道具(ツール)としての英語」としては十分ではないか!
 もし英語が全く苦手な人なら,まずはルー大柴のセンスを見習えばいいのではないか。

 とりあえず,日本語を話せない人とコミュニケーションをするための手段として
 英語を使うという発送に立てば・・・

 どんなヘタでも,多少,文法が悪かろうが,
 「思い」が通じればいい。
 そういう発想に立ってもいいのではないか。

 「心」と「心」の通じ合いは・・・
 流暢な言葉使いだけじゃないはず。
 いくらサービス業とはいえ,
 空港やホテルで職員が話す英語って事務的に聞こえませんか?
 
 そして・・・中学校からの外国語教育を「英語」に一元化させず,
 何カ国か選択の自由を与えて・・・
 自分で興味が持てそうな文化圏の言語を學べばいいと思う。

 アルファベットが全くダメでも
 漢字なら得意!
 カンフー映画マニアや韓流オタクなら・・・
 けっこう楽しんで


※なんだか長くなってきたので・・・気が向けば続きを書きます。
 (つづく。たぶん。苦笑)


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