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2005/05/19

『こんな私も修行したい! 精神道入門』

0519五月病の自覚症状がなくとも・・・,陽光もおだやかで,なんとなく,間延びしたような気分になりがちな日々を送っている方も多いのでは。
かといって,某父のように「気合いだ!気合いだ〜!」と血を煮えたぎらせるのも大変ですので,ここはマンガと文章のハイブリット本で疑似修行気分でもどうでしょう?!。

●『こんな私も修行したい! 精神道入門』(小栗左多里著,幻冬舎)

昨年出た本で,刊行直後に読みました。少女マンガ家さんが,マンガと文章を交えて,わりとユーモラスなタッチで気軽に読んだり見たりできる,修行体験本です。
なぜ修行したくなるのか・・・という理由として,著者は「幸せじゃないと感じる瞬間があるからだと思う」と書かれています。

それはともかくとして,瞑想,座禅,内観,写経,滝(修験道),断食,遍路・・・と,個人的にもそのなかのいくつかは経験あり(といっても特定の教団に入る意思は全くなし)。で,著者が思われたこと(本のなかで書かれていること)って,ほとんどボクと同感なんです。

個人的には,修行によって「雑念をはらう」ということが,あとで「楽」を感じたり,反面,何かを創造しようとするときにはアイデアが沸いてこないっていうこともあり・
・・。結局,世の中はさまざなな煩悩で動いているわけで,まだまだ人生経験未熟な者がいうのもおこがましいですが,「煩悩と付き合っていく」ために,ときおり精神修行的なことにも接していければと思っています。

で,先程の「幸せ」という言葉ですが,個人的には,あまりこだわらなくなった言葉です。「幸せ」になった気分がずっと持続すればいいですけど,やっぱりふつうは「不幸」が隣り合わせですからね。「幸せになりたい」も,じつはかなりの欲ですよね。

著者さんも,そのへんはあとがきで,ただ「幸せ」という言葉を使っていないわけでして・・・

「幸せとは,心の強さのことである」

という言葉を知って,納得したと書いておられます。そして,「幸せだと思えるか」とは,言い換えると「感謝できるか(感謝する心)」であって,それがじつは「強い心」であって,「足りない何か」なのではないかなあと思った。そう綴られています。
そうですよね。「幸せ」って,自分からあれこれつかみにいくものではなくって,自分にたりない何かによって,自分が「救われていく(感謝する)」ことだよなあって。
なかなか何でも自分の思い通りにはならないですからね,人間って。

以上のような戯れ言はさておき,「修行」とか「精神道」といったことに興味がある方には,読み進めながら著者とともに疑似修行体験できる一冊かなというのが素直な読書感想です。あくまでも「疑似」ですけどね。

只今のBGM ...... Bill Evans Trio : Waltz For Debby

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コメント

yasukoさん,書き込みありがとうございます。
生きているかぎり,あるいはブッダにならない限り「煩悩」とお付き合いは続くし,「煩悩」との付き合い方を覚えるような修行ならいいでしょうね。
こういっては失敬かもしれませんが,仏道にいそしむ坊主も,けっこう煩悩の権化だったりしますから。

わたくしも、修行したいです!
日々、煩悩との闘いですもの。
しかし、108つもある煩悩、すべて綺麗にしようと思ったら、108回戦もすることになりますね(笑)
小栗さんの『ダーリンの頭ン中』という著書も、読みたい本のひとつです。

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